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September 2005

天然の森から3

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長治谷から由良川源流に沿って
歩く下谷コース。

林道をしばらく歩いて、
谷へ下ると、
「下谷の大桂」の木と出会う。

芦生の森でも最も大きな木で、
幹の途中からいろんな種類の木が宿生している。
宿り木には山桜も混じっていて、
5月上旬には、桜の花の咲いた大桂を見ることができる。

桂は清流のあるところに生え、
古来ご神木とされてきたとのこと。
聞くところによると、
榊を供える以前は、桂を使っていたそうだ。

この大桂の前で、
みんなで陰陽合気法をした。
この日はちょうど陰陽がバランスする秋分の日。
大桂と一つになり、
大地の綺麗な水脈と天の陽気を感じ、
気持ちの良い時を過ごす。

周辺にもとても気持ちの良い場所があって
なかなか去りがたいところだったが、
大桂にお礼の挨拶をして、その場を後にした。


ところが、
天然の森体験はまだまだ序の口。
次に向かったところがこれまた素晴らしかったのだ。

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天然の森から2

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芦生の森ツアーについている
河鹿荘特製のお弁当。

山々を眺めながら、
芝生の上でいただくのがまた素晴らしい。

河鹿荘で仕入れた、万願寺唐辛子とジャコの炊き合わせも
みんなで分けて美味しく頂きました。

腹ごしらえができたら
さあ、天然の森の中へ。

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天然の森から

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2005.9/23 禅密・美山合宿 天然の森へ

春分の日の23日、JR園部駅を10時にバスで出発。
途中、河鹿荘でお弁当を積み込んで、
お昼過ぎに、芦生研究林の中心部、
長治谷作業所に大笑いしながら到着。

小さな小屋の周りが芝生の広場になっていて、
芝生の上を歩くと、大きなコオロギがピョンピョンはねる。

気功で足腰をほぐしてバスの疲れを抜いて、
お弁当の前に左右の波の動きで消化器系を整える。

さて、お弁当は…。

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簡単気功おそるべし

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9/17(土)
鵜沼宏樹さんの
「症状を楽にする簡単気功レシピ」講座は、
30名を超える受講者と共に熱気に包まれた。

同名のタイトルで春秋社から出版された本がテキスト。
「これは何ページを見てください」という調子で講座が進むが、
短時間で要点を伝えていくには、本があるととても便利だ。

初めに、本を書いたいきさつなどをお話頂いたが、
本が売れることより、
患者さんに、これを見てやってくださいと
コピーして指示するのに便利だからと、さらり。

受講者から事前に頂いていた、
症状別対処法は、白熱の展開。

実際に臨床でいろんな場面を経験し、
効果の良いものと、そうでないものを見てきているので、
次から次へと、貴重な話が次々と出てくる、出てくる。

詳細は、「ネットで公開していいですよ」と快諾頂いたので、
健康のページを新たに作ってアップしていく予定。

鵜沼さんが今回はっきりと打ち出しているのは、
リハビリや運動療法の中での、気功の明らかな優位性だ。

ただ、動かすだけではなく、
イメージしてから動かせば、
可動域が広がり、動きは明らかに良くなる。

気功では、いろんな視野や角度から多様なアプローチが可能。
冥想も、運動も、呼吸も、イメージも使える。

病院の治療というのは、悪いところをつきとめて無くすという発想。
気功は全体のバランス回復や、治癒力を活性化させていくというアプローチ。

違う発想だからこそ、やってみる価値がある。

外科の先生でも術後の痛みは「みんな痛いんです」で終わりだというが
痛みをやわらげ、回復を速くする方法はいろいろある。

ペットボトル温灸やテーピングなども
また、日本であれば、お風呂などの生活習慣も
積極的に使っていけば良い。

などなど。

写真は膝のテーピングの方法を解説する鵜沼さん。
患部(膝)を曲げておいて、テープは伸ばさずに
ただ置くように貼るのだそうだ。
伸ばした時にはテープがたるむ。

膝の痛みなど、テーピングすると
その場で無くなってしまう例が多いのだと言うのだから、
試してみる価値はおおいにあるだろう。

「簡単」とは言うが、その効果は侮りがたい。

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3つのふりこ

「気功で元気」
9/3の第一回目は、50名を超える大入り。

実習の中身は「3つのふりこ」ですから、
ただ、腕をぶらんぶらんと振るだけで、
本当に簡単なことしかしていないのですが、
帰りの電車の中で、なぜか笑いが止まらなかったとかいう方もいるぐらい、
本当に楽しくて、よくほぐれた講座でした。

気功を長く続けている方に
一度試してもらいたいことがあります。
それは、どこまで動作を減らしてシンプルにする
ことができるかということです。

複雑な動作や手順をたくさん覚えたり、
その形を正確に再現しようとすることの逆の提案です。


背骨を中心軸とした体幹部の運動を絞り込んでいくと
前後の動き、左右の動き、ねじりの動きの3つに集約されます。
これが最低限の運動ではないかと思うのです。

野口晴哉氏の体癖をご存知の方には常識だと思いますが、
前後の運動は呼吸器系、
左右は消化器系、
ねじりは泌尿器系の働きと関連します。
また、感情の働きは左右運動に、
感情を抑制する働きは前後運動に現れます。

重要なのは、幼児期に発達するのが、消化器系で、
必要なものを取り入れ、いらないものを捨てていくという
好き嫌いの感覚、つまり生命維持、自己保存の感覚が
まずはじめに作られていくということです。

そして、その後呼吸器、いわゆる心肺機能が完成されてくると、
息をこらえて我慢したり、息を詰めて集中したり、
本来の自己の欲求を押さえてでも、人や、
社会的目的などのために動くという面が育っていき、
また、そうしたことに快感があるようになっていきます。

ところが、前後運動には、左右運動を抑制する面がありますから、
行き過ぎると、本来の欲求が分からないようになりがちです。
前後、左右それぞれの運動のしなやかさを保っていくことが重要です。
すると、節度ある中に本来の自由さ楽しさがある動きになっていきます。

では、ねじり運動について考えてみましょう。
背骨の構造上、純粋な水平回転というものはないので、
後ろに振り向く時には、必ずねじれを伴います。
ねじれは、いわばバネの働きなので、
弱いものを強くしようとする働きとも言えます。
なにくそ!と思った時には、必ず体のねじれを伴っています。
体感的にはオシッコを我慢しているときの感じです。
つまり、ねじれると感受性としては、逆の感受性になります。
素直でないとも言えますが、素直だけでは困る時があります。

ねじれ運動にもしなやかさが必要です。
必要な時にはねじれ、必要がなくなれば戻るように、
ねじれ運動の幅を確保しておくこといいですね。

もちろん、
単純にいうとそれぞれの運動のしなやかさが、
それぞれの機能の豊かさを示すので、

前後運動がスムーズだと、呼吸器系の働きがスムーズで、
呼吸は人間が生きていくために一時も欠かせない一番のエネルギー源ですから、
基本的な体力が充実します。

左右運動がスムーズだと、消化器系の働きがスムーズで、
自分に必要な栄養を同化吸収し、
また不要なものを便として排泄する働きがスムーズになります。

ねじり運動がスムーズだと、
泌尿器系、腎臓や膀胱などの水分代謝の働きがスムーズになります。

その他に
昇降と開合、神経系と生殖器系の動きがありますが、
前後運動の中に含めて、3つの運動としてみていくことができます。

神経系と生殖器系については、
とりあえず、

ぽかんとして、少し微笑み、心をほがらかにする。
心地よさが持続するように体をふわ〜っとゆるめる。

この2つのことを心がけておくと、よいでしょう。

この2つが、伝統的に「鬆静状態」といわれいてることの中身です。

そして、3つの動きのしなやかさ、
自然さというものを得る練習をしていくわけですが、

その、おそらく最もシンプルでだれにでも簡単にできるものが、
ふりこの動きです。

このへんは『からだの自然が目を覚ます 気功入門』に
とてもシンプルにまとめてあるので、参考にしてください。

コツは、腕の力を可能なかぎり使わないこと。
腕がふりこという「つ も り」で勝手に動いているようにします。
力が入ってくると、スピードが速くなりがちですので、
時々スピードチェックをしてください。
また、その時の気分で振り幅も時々変えてみると自由度がひろがります。

慣れると、一定の自然のリズムがでてきます。
そして、続けるほどに余分な力が不思議と抜けていき、
細かなゆれが全身に波及していきます。

力を使わないので、副作用もほとんどありません。

ふりこは、元々中国武術の基本練習として使われてきた方法ですが、
力が抜ければぬけるほど、力が出るという仕組みになっています。
それはなぜかは次回10/15の講座でお話します。

お楽しみに。

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潔身法

潔身法は、劉漢文先生が禅密功の最後に加えた気功だ。

2004年の夏に、双入法と共に学ぶ予定だったが、
旅行直前に劉漢文先生は他界され、
直接学ぶことは果たせなかった。

気とは自然の働きであり、
自然の働きには、
いらないものを捨てていく働きと
必要なものを集めていく働きとがある。

そのことを、古くからの中国の言い回しで
「吐故納新」と言う。

潔身法は、その「吐故」と「納新」からなる。
まず、全身からいらないものを吐き出す(=吐故)。
そして、全身から必要なものを取り入れる(=納新)。
そうした気の呼吸を実際の口と鼻の呼吸と同調させて行う。

簡単でシンプルだが、
心身のゆるみと、背骨の微動が基礎になっている。
初学者はやはり、基礎から学ぶ必要がある。

この潔身法は、心身の浄化法とも、
また魂の浄化法とも言えるもので、
身につけておくととても便利だ。
特に、治療やマッサージなどをしている人には大変役立つはずだ。
そして、日常のどの場面でも用いることができるとても本質的な気功だ。

細かい技術よりも、
気の実感が重要だ。
感覚があれば、作用も確かにある。

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禅密冥想への誘い

「気功の神髄」講座
第6回目のテーマは「明心見性」

こんなにも本質的でシンプルな冥想を他に知らない。

「明心」とは主として禅。
自分の感覚を用い、自分に役立てる自利の冥想法である。
陽光(大自然の気)を取り入れ、
自らの心をその基底部から明るく照らす。

「見性」とは主として密。
明心を基礎として、他人を感化する利他の冥想法である。
体内に満ち満ちた光は自発的な笑いの波となって、開花し、
あまねく全ての本性を照らし出していく。

これは、気功協会が行っている社会貢献活動の本質と完全に重なっている。
私たちは、「からだの自然が目を覚ます」ことを目的にしている。
それは、生命本来の自然の働き、
命の光り輝いている部分を見ていこうということである。

ところが、私たちはふと、影の部分に余分に気をひかれる。
自分を低く見過ぎたり、病や問題点ばかりを意識してしまいがちだ。

しかし、影は光がなければ無いもので、影のみが存在することはあり得ない。
そして、光が広がっただけ影は少なくなり、
どこもここも輝きだすと、影はほとんどゼロに近づく。

人のことでも、影の部分を拡大して見やすい。
影を見ようとすればするほど、光は少なくなる。

しかし、自分が輝いている人が見るのは常に、
相手の光に照らされて輝いている面なのだ。

光は光を呼び覚まし、
世の中全体が光輝くようになる。

まず、自分が輝いていること。
それが、明心の冥想である。

その光が伝わり、周りも輝き出すこと、
それが、見性の冥想である。

具体的な技法以前に、
まずその原理を知っておくことはとても重要だ。

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気功で元気

9/3(土)は久々の入門講座、「気功で元気」。

入門は、やさしくて簡単でいて、本質を伝えるということが必要条件です。

つまり、「簡単で本質的」という気功の特徴が最も表れやすいのが入門講座だと言えるでしょう。
伝える側も必然的に毎回磨きがかかります。

今回画期的なのは、月例の4回コースにしたことです。
気功協会が目指しているのは、私たちの感覚そのものの変化です。
元々の自然の感覚を取り戻していくためには、
習慣化していくための時間が必要ですね。
また、感覚が変化するということは、
もののとらえ方や見え方が変わってくるということでもありますから、
繰り返し確かめてみることも大切です。

一回ごとの参加もOKですが、
毎回続けると暮らしの変化がよりはっきりしてくると思います。

ぜひ続けての受講をおすすめします。


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