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エレメンタリー 二日目

第一回目のテーマは「ゆるむ」、
第二回目のテーマは「感じる」。
この2つは、順々に進んでいく気功の基本プロセスです。

どんな感じなのかと感じようとしても、
感覚が働いていなければ、感じ取ることはできません。

では、感覚が働かない時はどんな時かというと、
力が入りすぎている時と、とても疲れている時です。
どちらもゆるむと感覚が働きだします。

ゆるみを深めることは、
そのまま感覚を深めていくことになります。

ゆるめばゆるむほど、
感覚は繊細でクリアな感じになるのです。

故野口三千三さんはそうした身体感覚をとても大切にしてきた方です。

kotoba
「野口体操 ことばに貞く—野口三千三語録」(春秋社)は、
オススメの本の1つですが、その中で、

「柔らかさとは、次の瞬間の変化の可能性の豊かさ自由さで、関係における差異を感じ取る能力である。」

と言っているのは、
まさしく「ゆるむ」→「感じる」のプロセスです。

三千三さんの言葉は、気功の本質をつかむ上で示唆に富んでいます。
ヒントになる言葉をもういくつかあげておきましょう。

「力とは常に変化流動するなかで、そのときその場における『丁度よさ』が分かる能力のことである。」

「新しく働くことのできる筋肉は今休んでいる筋肉だけである。したがって休んでいる筋肉が多ければ多いほど、次の可能性が豊かだ。」

「運動能力が高いということは、その動きに必要な状態の差異を、自分の体のなかに、自由に創り出すことのできる能力である。自分のからだのなかにその動きに最適なエネルギーの通り道を空けることでもある。」

「力を抜けば抜くほど、真直ぐでなければ立つことはできない。」

「よく解(と)けている重さを、丁寧に重ねると、結果として真直ぐになり、それが動くと『波形』となり、その各点は『円』を描く。」

「いい姿勢とは骨盤(土台)の上に胴体や頭をうまく乗せている体勢のことである。次の瞬間の動き(働き)の可能性が豊かな状態だからである。」

「動きにおいて『楽だ、気持ちがいい』というあり方を限りなく追求する営みがそのままもつとも好ましい鍛え方なのだ。『楽だ、気持ちがいい』ということが単純で軽薄だという人は、そのコトバの中身が極めて複雑多様・繊細微妙で底知れない深さがあることを、本気で味わったことのない気の毒な人なのである。」

「『力』とは、いろいろな動き・働きがやさしく楽に気持ちよくできてしまう能力のことである。」

「『よい動き』とは、自然の原理に合った動きである。それは水や空気や植物などの動きの原理と共通なもので、素直で安らかで懐かしく、もともと当然のこととして在る。美の本質もここにある。」

こうした三千三さんの言葉の1つ1つは、
頭で考えるものではなく、体感として理解されるものです。
ところが、意識主導で体を使っていく体操やスポーツを従来の筋肉を鍛える方式のトレーニング方式で続けていてもこうした感覚を得ることは難しいでしょう。

その第一のハードルがゆるみにあります。

ところが、ゆるむという言葉にも誤解が生じやすく、
一般的にはまだまだ、ただだらんとするというイメージがあります。
次の運動の可能性としての「ゆるみ」。
気功で求めるゆるみも、そうしたゆるみです。

そして、そのゆるむことで、自然の原理が働き始める。
ですから、「ゆるむ」ということは、
簡単なようでいて、とても奥深い気功の基本の基本なのです。

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