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気功の学校・気楽編 十四 

三冊目の本を書き始めています。
出産、育児、教育。ここに光をあてる本です。

大正十年の七月
『懺悔の生活』という本が春秋社から出版され、
一年で百二十刷を数える大ベストセラーとなりました。
春秋社社長の神田明さんとお会いした時に、そのことを伺ってみると、
当時の印刷技術の問題もあったようですが、当時の資料を見ると
毎日毎日刷り直していてるような状態だったそうです。

『懺悔の生活』は、
一燈園生活を始めた西田天香さんの始めての著作で、
奪い合い争い合う元になるようなことをせず、
また、何一つ自分のものだとしないという一人の人間の生き様が、
第一次大戦以後の激動の時代に多くの人々に感動と示唆を与えたのです。

「無所有」とか「無一物」だとかいうと、
そんなことはできないと思いがちですが、
天香さんはそれを実際にスラッとやってみせてくれるわけで、
その事実は認めない訳にはいかない。
そして認めてしまうと何かフッと楽になるものがある。
それは生命が元々自由を欲しているからではないでしょうか。

天香さんの言葉の中で
「無一物中無尽蔵」
というのは私の大のお気に入りです。
これは気功で
「人天合一」
と言っている境地ととても近いものだと感じています。

「私の〜」という意識が徹底的にゼロに近づいていくと、
そこに無限に広がる世界、
全てが分かれることなくつながりあっている世界が展開しだすのです。
大自然の働きとひとつになり、
宇宙全体を動かしている摂理の、絶妙な働きが自在に引き出されてくる。
こうした状態が気功の目指すところですが、
それは誰もが一度は体験していることです。
そう、生まれたばかりの赤ちゃんには自分という特別な意識はなく、
ただ本能のままに生活しています。
手付かずの原初の自然がそこにそのままあるわけです。
子どもに還り、赤ちゃんに還り、先天に還る。
そこが気功の原点であることは疑う余地がありません。

長浜にある天香さんの生家は、作りの良い閑静なお家でした。
そこから歩いて一五分ほどのところに芙蓉の花で有名な舎那院の愛染堂があります。
天香さんが三日三晩断食して、
ただその縁側に座していたとき、
ふと聞こえてきたのは赤ちゃんの泣き声でした。
その赤ちゃんの泣き声を聴いて霊覚を得て、
天香さんは、ゼロからの全く新しい人生を歩み始めるのです。

私も天香さんにあやかって、その縁側にちょっと座ってみました。
これといった霊覚はありませんでしたが、
緑が目に染みて、何かとても落ち着いた心持ちがしました。
しかし、考えれば考えるほど不思議な因縁です。
出産を機とした野口整体との出会い、
気功協会設立のタイミングでの一燈園との出会い、
天香さんのベストセラーを世に送りだした春秋社から本を出すこと。
そうそう、編集も若手のホープにバトンタッチです。

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