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気功の学校・気楽編 十五

阪神淡路大震災十三回忌
砂曼荼羅法要に参列してきました。

Mandala

法要があったのは、
須磨のお大師さんとして親しまれる源平ゆかりの寺、須磨寺です。

ネパールから六名の僧が来られて、
五色をベースにした十五色の砂を使って、
五日間かけて完成させた砂曼荼羅は、
四畳半ほどの方形の台の上につくられた祈りの宮殿のよう。
「あー美しいなあ」と思うと同時に、
何物も侵し難い、とても厳かで神聖な世界をそこに感じました。
美しい光のバリアに何重にも護られている祈り。
参列者の慰霊と復興の願いは
そのまま光の中心へすーっと導かれていき、
僧達のチベット仏教式の祈りと共に
ストンと深いところへ届けられたように思いました。

法要は一月十六日から一週間毎日行われ、
私が参列したのは最終日の二十二日。
砂曼荼羅を壊す破壇作法が行われる日で、
参列者も多く、列になって会場と外とを巡りながらの
巡礼になりました。
供養のロウソクが灯り読経が続く室内と、
明るく晴れ晴れとした屋外。
陽光が射す中に、雨が降りました。

破壇作法に入り、会場には参列者がびっしり。
背の高い人は自然に後ろへ場所をとります。

導師を務めるクンガ・ドゥントゥプ僧院長によって
曼荼羅の周囲にある小さな砂の山を一つ一つ壊し、
順々に中へ入り、中央の砂までを杯に集めます。
次いで、金剛杵でマンダラを囲う枠を崩し、
東西南北、そして四方の対角から中央に向かって杵を入れます。
チベットのベルや太鼓、笛が鳴り響く中、
数名の僧が小さな手ぼうきで砂を集め壺に収めます。
壺の一つは須磨の海へ運ばれ、
祈りと共に砂は海へ還っていきました。

壇はきれいに掃除され、
元々の何もない状態に戻り、
海から戻ってきた僧達がお花を壇に撒きながら供養し、
法要は終りました。

十三回忌という大きな区切りに
この砂曼荼羅法要に参列できたことを
とても有り難く思います。
祈っていてふと思ったのは、
今生きている私たちが
いのちを輝かせて生きることが、
とても大切な供養となるのではないか
ということです。

砂曼荼羅を観ていると、
もうどこにも手を加えることができないような
完成された美しさに心を打たれると同時に、
風が吹くだけで一瞬で無に帰すような
晴れ晴れとした感覚があり、
私たち人間にとっての自然とは、
このようなものかもしれないなあとふと思いました。

緻密な設計図に沿って細心の注意を払い
全霊を込めて作り上げていく砂曼荼羅は
まさに超一級の美術作品。
そして、私たちが今ここで生きていることも、
同様に自分の設計図に沿って
全霊を込めて生きてきた
ピカピカに輝いている作品のような気がするのです。

私の人生が、そのまま私の曼荼羅。
全てが一瞬にして無くなるようでいて、
内に込められた何かが永続していくような気がします。

砂曼荼羅のスライドショーはこちら

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Comments

砂マンダラ綺麗ですねーチベットか??ネパールのお坊さんに製作をしていただいたのでしょうか。
私どもも1990年に池袋のサンシャインで砂マンダラを製作して(2mx2m)(1mx1m)全部で30~40個製作して大きなお寺さんに寄付をしてきました。
ここ福島市の山の中にマンダラミュージアムが完成しましたので本物のマンダラ原画を観たくなりましたら遊びに来てください。

Posted by: 大矢泰司 | September 16, 2007 at 01:27 PM

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