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気功の学校・気楽編 二十一 

Akachan

妊産婦さんや赤ちゃんが
気功協会へいらっしゃることが、多くなりました。
おなかの中の赤ちゃんや、
生まれて間もない赤ちゃんと気を通わせていると、
何とも言えないとてもおだやかな空間になり、
時間も一瞬忘れます。

私が整体と出会ったのは、子育てからでした。
新しく授かった大切な命に
責任を持つことを真剣に考え、
最善の道を探していく中に
野口晴哉先生の著書、
『育児の書』『誕生前後の生活』に出会い、
そこから整体を学んでいくことになったのです。

先日、三歳からカトリックの教育を受け、
三人の子育てをして来られたお母さんとお話していて、
とても興味深いことを伺いました。
私は全然知らなかったのですが、その方曰く、
カトリックでは罪の意識がとても強くて、
悪いことしたな、いけないな、というように
いつも自分を責めてしまい、
苦しむことが多いのだそうです。

大人の場合は罪の意識というものを持って、
心のバランスを取っていくことは
ある程度必要な面もあると思いますが、
生まれて来た子どもには
何の罪も汚れも無いと心底思います。
小さなうちは余分なことを教えないで、
できるだけ自然のままに
感覚的な面を育ててあげることが大切で、
宗教的な観念を学ぶのは
思春期あたりからで良いのではないかと思います。

私が赤ちゃんや子ども、
そして若い世代の人達に一番望むのは、
自由自在に、自分の力を発揮して生きていくことです。
その中では自然に
「あー悪かったなあ」と思うこともあるでしょうが、
初めから「私は罪深い」と教えることは
「自己否定」からのスタートになりますから、
どんなに生きていくことそのものの楽しみを
奪うことになるかは想像に難くありません。

赤ちゃんと接していて感じるのは、
とても純粋で汚れのない感じです。
むしろ私たちが赤ちゃんから学ぶべきものが
たくさんあるのではないかと思います。
私の気功の師であった劉漢文先生は、
「子どもに還りなさい、赤ちゃんに還りなさい」
とよく仰っていました。
中国に研修に訪れた時はいつも、
日に日に参加者の顔が明るくなり、
笑いが多くなり、
幼稚園のようににぎやかになっていった
ことを思い出します。
講義の中で繰り返し聞いたのは
「先天」という言葉でした。
私たちが生まれる以前からある、自然の流れ。
人為を越えた大いなるもの。
そことのつながりを回復していくことが
気功の目的であると教わったのではないかと思います。

その一方で、
生まれながらに大自然そのもののような、
赤ちゃんの心と体を、
できるだけそのままの純粋さを保って、
生命を花開かせていくように
サポートしていくことが大切だと言えるでしょう。

いのちの原点にいつも立ち戻っていくことができる。
そこが、気功や整体の醍醐味ではないかと思います。 

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