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気功の学校・気楽編23

Seibu

瞑想はじっとしているものだと
思っている方もあると思いますが、
気功の中には動く瞑想がたくさんあります。

一般的な分類では、
気功には動功と静功があり、
動作があるものと、
じっとしていて動かないものとがある
と言われていて、
私もそんなものだと思ってきました。
ところが、劉漢文先生は、
「動功も静功もなく、
どの気功の中にも動と静がある」と、
その考えを簡単に空中分解させてくれました。

実際に劉漢文先生が伝えてくれた
禅密功を体験してみると、
見事なまでに動と静の境目が無いのです。

先日、高槻西武の多目的ホールで、
瞑想をテーマに入門講習をやってみました。
半分以上が初めて気功を体験する方で、
新聞を見て遠方から来て頂いた方もありました。

会場では白いカーテンが風にゆれています。
「息する」というレッスンを
『からだの自然が目を覚ます 気功入門』(春秋社)に書いた通り、
そのままに体験するところからスタートしました。
14ページです。

ゆっくり息をしてみましょう。
わずかに微笑むようにして軽く目を閉じ、
ゆっくり三回、自然に息をします。

そうして、
三回ゆっくり息をしてもらうと、
それだけで会場の空気ががらりと変わります。
講座にきた人は、
自分だけ変わったように思うかもしれませんが、
正面からみなさん全員の顔を見ている私からは、
場が変化したように見えます。
これは、気功を教えている時の面白さの一つですね。
意識状態がふっと変わったような状態で、
気功で言えば「入静」、
心理学で言えば軽いトランスに入っている状態です。
気功ではこの「入静」状態を保ったまま動いていくので、
動いていることそのものが瞑想になるのです。
そして、動いていくことで、次第に瞑想が深まり、
瞑想が深まることで更に動きが微細で美しくなる
という循環を続けていきます。
すると、動きは大きくても小さくても関係なくなり、
動いていないように見えても
無限の動きが内にあることが感じられるようになります。

これは、波のように動いてみるとよく分かります。
軽く微笑むようにして、
体を波のようにゆらしていると、
体からどんどん力が抜けていって軽い感じになり、
同時に心の中も明るく透き通った感じになっていきます。
そのうちに動きはとてもゆっくりになり、
動いているのか動いていないのかも判然としなくなり、
少しも動いていないようでいて、
自由自在に心も体も動いているような
不思議な感覚に包まれます。
このようにして外側の動きが消えると、
それが座禅のような形になり、
静かに座っているように見えるのですが、
ただじっとしているのとは中身は全く別物なのです。 

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