« 岡島瑞徳先生を悼む | Main | 「愚か者の誓い」が明るみになったことの意味 »

気功の学校・氣楽編 三十六 

最近、子猫をひろってしまいました。

往来の多い踏切の近くで、
自転車の前にさっと飛び出して来た子猫が二匹。
人なつこいのはいいのですが、
あたりは薄暗いし、
バイクや自転車も急いで通っていくし、
危なくて放っておけません。
ともかく安全な場所へと、
一澤帆布の鞄に一匹ずつ入れ、
自転車の前かごに乗せて家まで運びました。

自宅のまわりには神社の裏山があり、
まだまだ自然が残っています。
このあたりなら猫も生活には困らないだろうと思いましたが、
なにせ子猫ですから、食べ物だけでもあげないわけにはいきません。
そうこうしているうちに、
もうここが自分の家だと思っているようで、
すっかり飼い猫のようになってしまいました。

二匹とも耳が垂れていて、少し異国の雰囲気があります。
一匹はしっぽが丸まっていて、
もう一匹は見つけた時にはよろよろしていたので、
猫を繁殖されている方が捨てたのかもしれません。
ともかく、二匹とも元気でよく遊び、
グングン成長してくれているのは嬉しいことです。

先日、猫の躾について調べていたら、
おもしろい記事をみつけました。
当然と言えば当然のことですが、
叱る時に名前で叱ってはいけない
ということがそこに書いてありました。
名前で叱っていると、
呼ばれることイコール叱られる、
と結びついてしまうので、
ダメとか、言葉を決めておいて叱るようにしましょう、
ということでした。

動物の躾をしている人の間では常識になっているみたいですが、
自分の子どもを叱る時には、
つい名前で叱っていることが多いような気もします。
もしかしたら、動物の躾の方が、
ある面では人間の躾の先を行っているかもしれないと思いました。

家庭だけでなく、学校など教育の現場でも状況は同じですね。
怒ったようなきつい声で名前を呼ばれるのは、
気持ちの良いものではありません。
ところがあたりまえのように
そうした叱り方が続いていくのでは、
名前を呼ばれるたびに
びくびくするような回路を植え付けてしまうことになり、
動物以前の躾になってしまいます。
人間持ち前の知恵を活かして、
どのように叱り、褒めるのかを真剣に考えるようになれば、
動物の躾から学ぶ以上の大きな進歩があることは明白です。
こうして、
たくさんの人の心が子育てに集まってくることで、
人間の心の進歩は、
これから着々とで進んでくるのではないかと思っています。

一匹の猫は白に黄色の縞があるので、きなこ。
もう一匹の猫は黒っぽい縞がつややかなので、なつめ、
と名前をつけました。
Kinanatu

きなことなつめ、
この二人もまた、色々なことを教えてくれる
私の気功の先生になりつつあります。

|

« 岡島瑞徳先生を悼む | Main | 「愚か者の誓い」が明るみになったことの意味 »

Comments

コメントありがとうございます!
脱出できそうでよかったです、安心しました。またうかがいますね〜。

Posted by: じゅんこ | November 07, 2008 at 12:05 AM

こんにちは、猫猫です。ねこの躾、為になりました!つい名前を呼んでしまいます。きなことなつめ、いい名前ですね。私は見た瞬間 木耳!って思ったけど名前は決まっていたしポウチャイになりました。
中国語は先生に褒められ?ちょっと脱出できそうなので頑張ります!

Posted by: まおまお | November 05, 2008 at 05:24 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 岡島瑞徳先生を悼む | Main | 「愚か者の誓い」が明るみになったことの意味 »