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気功の学校・気楽編 四二

Kicx0140

「不二の光明によりて新生し、許されて生きん。」

これは、暫定と但し書きされた、
一燈園のありかたを明示した文書
「光明祈願」の始めの一節です。
一燈園は、
生きるために他をしのいだり
争ったりしなくてもよい生活をしたいという
西田天香さんの深い志から
自然発生的に生まれてきたものなので、
宗教でもまた思想でもなく、
従って教義も戒律のような決まりも無く、
人に説明する時にはずいぶん困ったのだそうです。

天香さんのところには、
その生き方に打たれるようにして、
年齢も性別も仕事も様々な人々が出入りしていましたから、
秘密結社かなにかと疑われたのでしょう。
あるとき京都松原警察の取り調べを受けることになります。
ところがその天香さんの「新生活」については
明文化したものが何もなかったので、
そのやり取りが喜劇のようでなかなか面白いのですが、
その詳細は天香さんの著書『懺悔の生活』(春秋社)や
DVD『裸足の人』(燈影出版)でお楽しみください。

ともかく、なかなか文字にできないものをなんとか文字にして、
一燈園は何をしようとしているところなのかを、
五つの文章にまとめたものが先の「光明祈願」なのです。
そして「暫定」の但し書きについてはこう記してあります。

「不二の光明は宇宙に編満する陽光のごとし。
物あり、これに触れて、いろいろの光を発す。
光明祈願は即ち寄稿者識界の現象にすぎず。
添すべく、削すべく、正さざるべからず、改作また不可なし。
暫定と名づくる所以なり。」と。

なるほど、言葉や思考でいくら真理を追いかけていても、
その全体をありのままに伝えることはできないのですね。
だから、その都度ちょうどいいように
書き換えたり、付け足したり、削ったりする。
ちょうど今の国会で審議されている法案のようですね。
出来てしまったらもうその通りにするというのではなくて、
その時々の状況に臨機応変に対応するために、
ある法案は廃止し、ある法案は新たに作る。
こうした、新陳代謝の盛んな空気が
永田町に流れているのはとても気持ちのよいものです。
天香さん自身も地元の方々に推されて
参議院議院を務めたことがあるので、
当時の政界に少なからぬ影響を与え、
また現在の政界の要職にある方の中にも
一燈園の記念行事に顔を出すような方もあって、
天香さんという一人の人間の生き方が
社会全体に遺した静かでいて大きな力に感動を覚えます。

そして、その生き方の核心が
「許されて生きん」という言葉に
ぎゅっと詰まっているように思います。
自然に適った生き方という言い方をされるときもありますが、
全体と一つになって動いていると
生きなければという縛りからもほどかれ、
その結果「許されて生きている」という感じになる。
それはあくまで言葉で示せば、ということですが。
この中にとても大きな意味を私は感じるのです。 

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