気功の学校・氣楽編 四十九

二〇一一年の気功の学校の授業が始まりました。
今年の京都は雪が多く、初日の新春の会も雪の降る中、
全国から集う受講生の熱気に包まれたスタートになりました。

気功の学校で学ぶのは、知識や技術というよりは、
知識以前の何か、あるいは技術以前の何かです。
その形もなく表現もできない何かのことを「気」と呼び、
仮に言葉や姿勢や運動を通じて
気の働きを学んでいくのが気功の学校です。
「気」とは「自然の働き」と言い換えてもいいでしょう。
自然は身の回りのどこにでもあり、
私たちの体の中ではっきり働き続けています。
そのあまりにも当たり前で忘れがちなものに改めて気づいていくのです。
ですから、気功の学校では
たくさんの知識や方法を覚えるのではなく、
できるだけシンプルな素材を使って、
その時々の変化を学ぶようにしています。

京都に住むようになって一年半ほどになりますが、
ここにいると千年ほどの人々の営みが
あたりまえに身の回りにあることに気づかされます。
立春の前日の節分には、各地で古式にのっとった追儺式が行われます。
特に有名なのは吉田神社の節分祭で、
奥宮の大元宮から京大正門あたりの道路までびっしり夜店が立ち並び、
蕎麦の河道屋や湯豆腐の順正など老舗の屋台も毎年顔を連ねます。

大元宮には全国津々浦々の八百万の神々が祀られていて、
節分の時に神殿の前に立つ厄塚に触れると、
全ての神々と感応し、厄や心の中の鬼が祓われるのだそうです。
節分祭は
「厄神が荒ぶることなく山川の清き地に鎮まる」ために執り行われます。
厄であっても神。気功にも通じる神人和楽、
人天合一の精神は、様々な形で途絶えないように護られ、
千年以上の時を越え、繰り返し繰り返し伝えられているのでしょう。


 NPO法人気功協会運営責任者 天野泰司

Yoshidasetubun

| | Comments (0)

気功の学校・浜松

『気功学校 自然な体がよみがえる』(ちくま新書)出版記念講座&合宿
「気功の学校・浜松」が 2010.11.27-28
駅前のアクトシティ浜松と奥山の方広寺で開催されます。

11月27日(土)午前中の入門講座は、浜松駅直結の
アクトシティ浜松・研修交流センター401会議室で開催します。
新幹線で移動すると
東京からも大阪からも約90分ほどで浜松に着きます。
この入門講座では、基本の基本(=核心)を押さえておきます。
各地からのご参加をお待ちしています。

お昼休憩を各自とっていただいた後、
続いてアクトシティ大ホール南側から、
専用バスに乗って奥山・方広寺へ向かいます。

ちょうど27日の土曜日の午前中には、地元引佐町観光協会の主催で
秋の花街道紅葉ウォークが方広寺近辺で開催されるそうです。
とてもいい季節ですので、気功を学びながら紅葉も楽しみましょう。

方広寺は後醍醐天皇の皇子、無文元選禅師が開いたお寺。
無文元選禅師は、道を求めて中国へ渡り悟りを開きますが、
その道中、天台山方広寺にも行かれたようです。
日本に帰って土地の寄進を受けた時に、ここは天台山の方広寺に似ていると、
寺名を方広寺とされたそうです。

今回の合宿のタイトルは「ゆるゆる合宿」
ゆるす+ゆるむ=ゆるゆる です。

どちらも、とてもシンプルで簡単なことなのですが、
一生懸命になって求めれば求めるほど、そこから遠ざかってしまうものです。
ですから、今回の「ゆるゆる合宿」では、
心身のリラックスした状態をずっと保ちながら、
ただ、ゆったりと流れている今を味わっていきます。

『気功の学校』で紹介しているシンプルな気功、
本堂での座禅、精進料理
心身の緊張をやさしくほどいてしまう穴追いのてあて、
朝の光の中での散策と気功、
そして、心と体の両面をやわらかくほどきながら、
ゆるゆるを、身をもって体験していくことになるでしょう。

入門講座・合宿ともにあと5〜6名参加可能です。
詳細・申込はこちらから


| | Comments (0)

気功の学校・氣楽編 四十七 

Tokeidai

最近、受験勉強の面白さを思い出しています。

ともすると役に立たないものの
代名詞のようにも言われる受験勉強ですが、
内容はどうであれ、
ある目標のレベルに向かって自分の能力を引き出す訓練としては、
とても面白いところがあります。

当時、志望のコースに京大の農学部を選んだのは、
家が農家だったのと、
大学を見に来て学食や環境が気に入ったという程度の理由で、
ただなんとなくここに行こうと心に決めていました。
京大の学食は北に行くほど美味しいというジンクスがあるのですが、
私が選んだ農学部は京大の中でもいちばん北側にあり、
ほうれん草のおひたしやじゃこおろしなど、
好きなものを自由に選べるカフェテリアスタイルが気に入りました。

志望校が決まってからも、勉強はそこそこしていたのでしょうが、
特別に努力したという記憶は残っていません。
記憶にあるのは高校の近くにあった本屋さんに立ち寄っては、
勉強法の本を拾い読みしていたことです。
当時、一冊の本を読み切るということはほとんどありませんでした。
文字を目で追っているとたいてい
猛烈な眠気が襲ってきて先に進めなくなるのです。
計算も得意ではなかったし、読書や国語は大の苦手でした。
そこで、なんとか楽に勉強ができないものかと
本屋さんで勉強のコツの部分だけを収集していたのです。
覚えたいものは寝室の天井に貼るとか、
重要事項をテープに吹き込んで眠りながら聞くとか、
まゆつばで誰も手を出さなかったような勉強法を
いろいろと楽しんでいたように思います。
そうして、知らないうちに
潜在意識を上手に使う勉強法にはまっていたようです。

そして、大学四回生の時に朝日カルチャーセンターの講座で、
気功と出会いました。
全身の余分な力を抜いて楽に動く(=放鬆)。
大脳を深くリラックスさせて心の静かな状態を味わう(=入静)。
受験勉強からの続きで、「そーか、そーか」とうなづいてはみるものの、
それが実感として味わえるようになったのは比較的最近のことで、
ずいぶん回り道をしたようにも思います。

それは、
今まで気功の適切な地図やガイドがなかったからだと
私は思っています。
私が二十年以上かかったことを、一年で伝えたい。
骨格だけなら一日で手渡したい。
ふと出会っている一瞬でも本質は伝わる。
そうした思いが、今の「気功の学校」のレッスンを生み出し、
新書『気功の学校』を書かせました。

最近は手作りのPOPを持って書店をまわっています。
『気功の学校』が積まれているのを見て嬉しくなり、
売れ具合を見てワクワクし、
店員さんが喜んでくれる表情を見て幸せになります。
それから受験参考書コーナーもついでに一巡し、
最近の動向を確認します。
気がつくと娘も受験生。
なんだか振り出しに戻ってきたみたいです。

NPO法人気功協会運営責任者 天野泰司

| | Comments (0)

気功の学校・気楽編 四十六

新刊
『気功の学校 自然な体がよみがえる』。

今日で責了になりました。
あとは8月末に印刷が上がり、
9月初旬に書店に並ぶのを待つばかりです。

「気功の学校」はこの連載のタイトルでもありますが、
気功協会のメイン講座の名前でもあります。
学校と銘打った中に、およそ三つの意味があります。

一つは、整理された形でわかりやすく学ぶこと。
二つ目は、常に新しく学びをはじめるつもりで、初心に還ること。
そして三つ目は、本当に大切なことを
学校教育の場で誰でも学べるようにしたいという願いです。

気功が面白そうだと思ったのは、かれこれ二十数年前。
大学四回生の頃、朝日カルチャーセンターに新規開講した気功教室に通い、
練功十八法や亀蛇気功などいくつかの形を習って覚えました。
その後卒業旅行を兼ねて初参加した中国での気功研修では、
禅密功という気功を習い、
以後会社に勤めてからも毎年その時期は有給休暇を取って中国に通う、
休み時間には気功をしている、朝礼のスピーチでも気功の話しかしない、
という不思議なサラリーマンをしていました。
妻のすすめもあり、会社を辞めて気功に専念できたのは幸いでした。
事務や企画の仕事をしながら、いろんな先生からたくさんのことを習い、
その度にすばらしいと感動する反面、
あの先生はこう言っていたけれど、この先生は別のことを言っている。
ということで、深みにはまればはまるほど、細かな矛盾に悩むようになります。
その本格的な整理に乗り出したのが
二〇〇〇年に気功協会を設立したあたりのことで、
幸運なことに心身の基本文法を明快に整理して伝えている
氣道との出会いもちょうどその頃でした。
幸運というものは重なれば重なるもので、
私がいちばんはまっていた禅密功の本家本元の大先生に
直接習うことができるようになったのもちょうど同じ時期でした。
その劉漢文先生が
ほとんど初対面の私たち日本からの研修団に対して、
「自然が先生で、私たちは自然を学ぶ生徒」
「小学校の同級生のように交流しよう」と切り出したのにはびっくりしました。

「気功の学校」は、そうした流れを汲んで、
自然の原理にそって矛盾や対立がないように、
シンプルに気功を整理統合する場となり、
何度も何度も原点のゼロに立ち戻りながら、
その時々に新しい何かを生み出す場となり、
そして、小中学生にも伝えられるほど簡単でわかりやすい方法に
内容が絞り込まれる技法精錬の場となっていきました。

今回の出版元、筑摩書房は国語の教科書も作っているので、
将来は「気功」の教科書をと夢が膨らみます。

気功の歴史や源流から、願いをかなえる方法までを
ひとつながりの文脈として書いている本は他に例がないと思います。

手軽な新書判です。
どうぞお手に取ってご覧ください。

NPO法人気功協会運営責任者 天野泰司

| | Comments (0)

9月の新刊タイトル決定!

ちくま新書から出る。
新刊のタイトルが決まりました。

『気功の学校 〜自然な体がよみがえる』

Chikuma_gakko

およそ、こんな感じの装丁になる予定です。
見本が8月末に完成し、9月上旬の発売です。

今、2ゲラの校正の真っ最中です。


| | Comments (0)

気功の学校・気楽編 四十五

京都北白川に越してきて一年になります。
家のすぐ近くを流れる北白川疎水には蛍が舞っています。
チーカチーカと光ると、その光が疎水に映ってとても綺麗です。
大阪の高槻市に住んでいた時も
家の裏の土手にヒメボタルが出て毎年楽しみにしていましたが、
京都で毎晩蛍が楽しめるとは思ってもみませんでした。
春は満開の桜、秋は真っ赤な紅葉、
四季折々の自然の移り変わりが肌で感じられ、
山が近く空気も澄んでいます。

その瓜生山の麓に京都造形芸術大学があります。
図書館や劇場、文具や画材が揃ったストア、
広々としたカフェスペースなどが解放されていて、
山に沿って屋上まで続く階段を上ると、
京都を一望できる屋外の能舞台があります。
天気のよい日にはお弁当と水筒を持って
カフェの屋外テラス席や屋上に上って、
ランチピクニックが楽しめます。
まとまった原稿を書く時には、机ごとに電源のある図書館に
MacBookProを持ち込んで集中し、
空が真っ赤に染まる夕暮れ時になったら
屋上に上がって体をほぐし、
夕日にキラキラと光る京の町を見下ろしながら推敲をすすめます。
Kicx1341

疎水を南に下ると、京都大学と吉田山があります。
吉田山は神楽岡とも呼ばれる古くからの霊域で、
吉田兼倶が全国津々浦々の神々を
全てここに集めて大元宮として祀っているので、
三一三二座もの神様に一度にお参りできます。
西へ歩いていくと下鴨神社(賀茂御祖神社)の糺の森、
北へ続く真直ぐな道の正面には
五山の送り火の「妙法」の「法」の字が見えています。
東北の鬼門には比叡山がそびえ、
二階の窓から南東を見ると大文字山の「大」の字。
一説には「大乗」の大なのだとか。

個性的な本屋さん、カフェ、ショップもこのあたりには多く、
道幅は広いのに交通量は少なく、
並木道や公園も多いので歩くことが楽しくなります。

住んでみて思うのは、
今の私にとってかなり満足のいく場所だということす。
あたりまえに過ぎていく毎日がなんとも気持ちがいい。
まだ一年だというのに、
ずっとここに住んでいるような気がするから不思議です。

二〇〇三年に高野山で行った願望実現合宿。
そのあたりからこの流れがはじまっているのでしょうか。
私自身が六年前に想い描いていた
「自分にピッタリ」であることを選択した気持ちよさを
今たっぷりと味わっています。

「願いをかなえ幸せになる」のは心の自然な働き。
その自然を乱しているものを除き、本来の自然の働きを高める。
それも気功の重要なパーツに組み入れさせてもらいました。
人間が心の存在を意識し始めてからまだほんの数千年。
人間が本来持っている心の力が発揮されるのは、
ちょうどこれからなのだと思います。 
 
          NPO法人気功協会運営責任者 天野泰司 

| | Comments (0)

気功の学校・気楽編 四十四

新しい気功の本の執筆に入りました。
そして昨日、本文が書き上がりました。

今度は手軽な新書版です。
実用性を前面に出しながら、
気功全体の歴史や流れを大胆に整理し、
生命の輝きに光をあてていく。
そんな本になりそうです。

そんなこともあって改めて本や資料を読んでいます。
そうして見直してみると、
今まで気づかなかった新しい発見があったり、
大きな流れが見えてきたりして日々心を新たにしています。

面白いと思ったのは、中国の多様さと懐の深さです。
例えば医療の面では、漢方や鍼灸などの中医学は、
西洋医学が入ってきてもずっと支持されていて、
ごくあたりまえに共存しています。
また宗教の面でも、儒教、道教、仏教の教えのそれぞれが、
独特の光彩を放ちつつも、いろんなところで融合しながら共存しています。
そして、武術の世界でも、
各派が個性的で一子相伝みたいな厳格な秘密主義があるかと思うと、
意外と同じものを共有していたりして、
ものすごく多様で、一つ一つが深く、
なおかつ渾然一体としてなんとなくその広い大地の上に同居している。
私はそんな感じを受けるのです。

その他にも易、暦、漢字、風水など
古くからの伝統的なものの中に詰まっている面白さは
こんこんと湧き出してくるようで尽きることがありません。
それと同時に、あまりにも多様で、神秘的、呪術的なところも多く、
玉石混淆でどこから手をつけていいか分からないようなところもあります。

そんな土壌から一九五〇年頃に、
にょきにょきと次々に芽を出してきたのが気功で、
やっと葉が開いたかなというところで、
文化大革命の思想や迷信一掃の大嵐が十年近くも吹き荒れ、
気功だけでなく中国の文化全体が壊滅的なダメージを受けます。
ところがそこでへこたれないのがすごいところで、
迫害にもめげず文革中の公園で果敢に気功を指導するような豪傑が出てくるのです。
それが、ガンを治すことで有名になった郭林さんの新気功です。
「気功」自体がまだ新しい言葉なのに、
そこに「新」と付けたところに当時の彼女の並々ならぬ苦労が伺えます。

文革が終わると、今度は土の上のコンクリートがはがされたように、
一斉に、もっとたくさんの芽が吹き出し、
グングンと枝葉を伸ばしそれぞれの花を咲かせはじめますが、
抑圧がほどけて吹き出したものの中には行き過ぎが混じってきます。

そこに象徴的に起こったのが
グーグルの検閲拒否でも有名になった九九年の法輪功事件です。
全ての気功グループは解散、政府が認めた気功以外は禁止。
そんな気功受難の時代に気功協会も誕生し、
幸運にも最晩年の劉漢文恩師との濃密な交流が叶いました。
各地の気功グループとの交流も密になり、
気道との出会いもちょうどこのタイミングでした。
そこから十年。
おおらかな日本の土壌の中で日々成長してきた気功の姿が
一冊の新書にまとまります。

          NPO法人気功協会運営責任者 天野泰司

| | Comments (0)

気功の学校・気楽編 四二

Kicx0140

「不二の光明によりて新生し、許されて生きん。」

これは、暫定と但し書きされた、
一燈園のありかたを明示した文書
「光明祈願」の始めの一節です。
一燈園は、
生きるために他をしのいだり
争ったりしなくてもよい生活をしたいという
西田天香さんの深い志から
自然発生的に生まれてきたものなので、
宗教でもまた思想でもなく、
従って教義も戒律のような決まりも無く、
人に説明する時にはずいぶん困ったのだそうです。

天香さんのところには、
その生き方に打たれるようにして、
年齢も性別も仕事も様々な人々が出入りしていましたから、
秘密結社かなにかと疑われたのでしょう。
あるとき京都松原警察の取り調べを受けることになります。
ところがその天香さんの「新生活」については
明文化したものが何もなかったので、
そのやり取りが喜劇のようでなかなか面白いのですが、
その詳細は天香さんの著書『懺悔の生活』(春秋社)や
DVD『裸足の人』(燈影出版)でお楽しみください。

ともかく、なかなか文字にできないものをなんとか文字にして、
一燈園は何をしようとしているところなのかを、
五つの文章にまとめたものが先の「光明祈願」なのです。
そして「暫定」の但し書きについてはこう記してあります。

「不二の光明は宇宙に編満する陽光のごとし。
物あり、これに触れて、いろいろの光を発す。
光明祈願は即ち寄稿者識界の現象にすぎず。
添すべく、削すべく、正さざるべからず、改作また不可なし。
暫定と名づくる所以なり。」と。

なるほど、言葉や思考でいくら真理を追いかけていても、
その全体をありのままに伝えることはできないのですね。
だから、その都度ちょうどいいように
書き換えたり、付け足したり、削ったりする。
ちょうど今の国会で審議されている法案のようですね。
出来てしまったらもうその通りにするというのではなくて、
その時々の状況に臨機応変に対応するために、
ある法案は廃止し、ある法案は新たに作る。
こうした、新陳代謝の盛んな空気が
永田町に流れているのはとても気持ちのよいものです。
天香さん自身も地元の方々に推されて
参議院議院を務めたことがあるので、
当時の政界に少なからぬ影響を与え、
また現在の政界の要職にある方の中にも
一燈園の記念行事に顔を出すような方もあって、
天香さんという一人の人間の生き方が
社会全体に遺した静かでいて大きな力に感動を覚えます。

そして、その生き方の核心が
「許されて生きん」という言葉に
ぎゅっと詰まっているように思います。
自然に適った生き方という言い方をされるときもありますが、
全体と一つになって動いていると
生きなければという縛りからもほどかれ、
その結果「許されて生きている」という感じになる。
それはあくまで言葉で示せば、ということですが。
この中にとても大きな意味を私は感じるのです。 

| | Comments (0)

気功の学校・気楽編 四十一

Kicx8067


「十勝千年の森」に行ってきました。

気功愛好者の全国交流合宿「気脈の会」も今年で第二十回。
その節目の会が北海道で開催され、
そのメイン行事として十勝千年の森で
気持ちのいい一日を過ごしました。

千年の森と言えば、
誰しも原始の森を思い浮かべるでしょう。
ところが、日高山脈の麓に広がる
四百ヘクタールの広大な敷地の大部分は
ガーデンや牧場になっていて、山羊が飼われていたり、
ヨーコ・オノ他芸術家のオブジェが点在していたり、
レストランや売店が所々にあったりして、
家族連れでも楽しめるような気軽な観光スポットになっています。

そう、この一帯は森を切り開いて開墾を進めた土地で、
人間の営みによって失われた森を、
千年かけて元々の自然の姿に整えていこうという
壮大な試みが行われているのです。
地元十勝でのシェアナンバーワン、
夕刊のみ発行している十勝毎日新聞が、森を育成することで
紙資源の消費分をオフセットしようと事業をスタートさせ、
ランラン・ファームがその運営をしています。

その森づくりの一端として記念植樹をしました。
約80名の参加者それぞれが、思い思いの苗木を選び、好きな場所に植えていきます。
植樹する場所の表土にウッドチップが敷き詰められていて、
木より先に雑草が伸びるのを防いでいる他は、全部自然任せ。
いろんな種類の苗木が密生しているので、
適材適所、その場所にちょうどよく合った木が育っていくことになります。
Kicx7984_2


そして初めに森を形作るのは、たっぷりの光を浴びながら
グングン成長するタイプの「陽樹」。
ですから百年に満たない比較的若い森は陽樹の森です。

陽樹の後に伸びてくるのが、日陰でもゆっくり成長していくブナなどの「陰樹」。
そして、数百年から数千年もの間、陰樹の森が続き、
大きな木がまとまって倒れたりすると、そこからまた陽樹が伸びていくというようにして
森の世代交代は続いていきます。

ですから千年というのは長いように見えて、森にとっては一世代ほどの期間。
ただその成熟した自然の森を育てるためには、
必要最低限の手助けだけをして、余分な人為を加えないという
絶え間ないケアが必要になります。
千年の森を訪れてみて、そのあたりのバランス感覚に大きく学ぶものがありました。

私たち人間も、個人として成熟していくプロセスと同時に、
社会全体としても成熟を積み重ねているように思います。

そしてこの数年の間に、陽樹から陰樹へと遷移していくような変化が
目に見えてはっきりしてきました。
短期的な成長発展の時代から持続可能な社会へ、その大きな流れに大自然の営みを感じます。
そうした大転換の時代に求められるのは、
従来の枠組みに縛られない自由で主体的な動き、
私達NPOの真価が発揮されるのは、まさにこれからです。


気功の学校 | | Comments (0)

維摩経偈

Marumado

気功の学校 氣楽編39の補足として
『一燈園日日行持集』より
維摩経の要約となっている
維摩経偈を紹介しておきます。

左の写真は、礼堂に安置された
七才の聖徳太子像。厨子の中に
手のひらに乗るような小さなお像があります。
丸窓のところの灯籠には、
広隆寺、比叡山、日向大神宮の灯と合わせて、
天香さんが灯した火が燃え続けています。

維摩経偈

智度は菩薩の母なり 方便を以て父と為す
一切衆の導師 是に由って生ぜざることなし
法喜を以て妻と為し 慈悲心をもつて女と為す
善心誠実の男 畢竟空寂の舎
弟子は衆の塵労なり 意の所転に随う
道品は善知識なり 是によって正覚を成ず
諸度は法の等侶にして 四摂を妓女と為し
歌詠法言を誦し 此を以て音楽と為す
総持の園苑 無漏法の樹林
覚意淨妙の華 解脱智慧の果
八解の浴池には 定水湛然として満てり
布くに七浄の華を以てし 此に欲するは無垢の人なり
象馬五通に馳せ 大乗を以て車と為し
調御するに一心を以てし 八正路に遊ぶ
相具以て容を厳り 衆好をもって其姿を飾る
慚愧の上服 深心を華鬘と為す
富は七財の宝を有ち 教授して以て慈息し
所説の如く修行して 廻向するを大利と為す
四禅を牀座と為し 浄命より生ず
多聞にして智慧を増し 以て自覚の音となす
甘露法の食 解脱味を漿となす
浄心を以て操浴し 戒品を塗香となす
煩悩の賊を摧滅して 勇健なること能踰ることなく
四種の魔を降伏して 勝旛播を道場に建つ
起滅無きことを知ると雖も 彼に示すが故に生有り
悉く諸の国土を現ずること 日の見ざる無きが如し
十方無量億の如来を 供養し奉れども
諸仏及び己身に 分別の想あることなし
諸仏国及び衆生の 空なるを知ると雖も
而も常に浄土を修め 群生を教化す
あらゆる衆生の類 形声及び威儀
無畏力の菩薩は 一時に能く尽く現ず
衆の魔事を覚知して 而も其行に随う事を示せども
善方便智を以て 意に随って皆能く現ず
或は老病死を示して 諸の群生を成就し
幻化の如くなるを了知して 通達して礙あることなし
或は劫尽焼を現じて 天地皆洞然たり
衆人に常想あり 照して無常なるを知らしむ
無数億の衆生 倶に来つて菩薩を請ずれば
一時に其舎に到って 化して仏道に向かわしむ
経書禁呪の術 工巧諸の技芸
尽く此事を現行して 諸の群生を饒益す
世間の衆の道法 悉く中に於て出家すれども
因つて以つて人の惑いを解て 而も邪見に堕ちしめず
或は日月天 梵王世界の主と作り
或時は地水となり 或は復風火と作る
劫の中に疾疫有らば 現じて諸の薬草と作り
若し之を服する者有らば 病を除き衆毒を消す
劫の中に饑饉有らば 身を現じて飲食と作り
先ず饑彼の渇を救い 却つて法を以つて人に語る
劫の中に刀兵あらば 之が為に慈悲を起し
彼の諸の衆生を化して 無諍地に住せしむ
若し大戦陣有らば 之を立つるに等力を以てし
菩薩威勢を現じ 降伏して和安ならしむ
一切国土の中 諸有る地獄の処には
輙ち往いて彼に到つて 其の苦悩を勉済す
一切国土の中 畜生相食噉すれば
皆生を彼に現じて 之が為に利益を作す
五欲を受くることを示し 復現に禅を行う事を示す
魔心を憒乱せしめて 其便を得ること能わざらしむ
火中に蓮華を生ずるは 是希有と謂いつべし
欲に在つて而も禅を行ず 希有なること亦是の如し
或は現じて淫女と作り 諸の色を好む者を引き
先ず欲の鈎を以て牽いて 後に仏智に入らしむ
或は邑中の主と為り 或は商人の導
国師及び大臣と作つて 以つて衆生を祐利す
諸有る貧窮の者には 現じて無尽蔵と作つて
因つて以つて之を勧導し 菩提心を発さしむ
我心憍慢の者には 為に大力士を現じ
諸の貢高を消伏して 無上道に住せしむ
其れ恐懼の衆有らば 前に居て而も慰安し
先ず施すに無畏を以てし 後道心を発さしむ
或は淫欲を離るる事を現じて 五通の仙人とな為り
諸の群生を開導して 戒忍慈に住せしむ
供事を須むる者を見れば 現じて為に僮僕となり
既に其意を悦可せしめて 乃ち発すに道心を以てし
彼の須むる所に随つて 仏道に入ることを得せしめ
善方便力を以て 皆能く之を給足す
是の如きの道は無量にして 所行涯り有ることなく
智慧辺際なく 無数の衆を度脱す
仮令一切の仏 無数億劫に於いて
其功徳を讃歎すとも 猶尚お尽くすこと能わず
誰か是の如きの法を聞いて 菩提心を発さざらん
彼の不肖の人と 癡冥無智の者を除く

| | Comments (0)

より以前の記事一覧