気功の学校・氣楽編三十

三冊目の気功の本が生まれました。

Chounan
一冊目の『からだの自然が目を覚ます 気功入門』は、
少し高い視点から全体を冷静に見渡しているような、
やさしくて頼りがいのある長男。

Jinan

二冊目の『うごいてやすむ 幸福になる気功』は、
やる気満々で活動的な次男。

Suemusume

そして、三冊目の『生まれて育つ いのちの気功』は、
可愛らしくてさっと気の利く末娘。
 


そんな雰囲気で、
兄弟姉妹みたいなものですから、
お互いに似ているところもあるし、
それぞれのはっきりした個性もあります。
 
三人寄れば文殊の知恵などと言われますが、
ちょうどこの三冊が揃って、
ひとまとまりの生きている知恵になったように思います。
 
気功協会が生まれた頃は、
まだ具体的な手がかりが乏しい中、
それでも確かにこの先に明かりがある
という確信のようなものに導かれて、
気功をゼロから創り直す作業を
スタートさせました。
 
気功協会は二〇〇〇年に生まれ、
ちょうどそのころから
氣道協会とのおつきあいも始まっています。
設立当初の会報を読み返してみると、
「むすび」と「育み」の2つの願いと題して、
気功協会の展望が語られていました。
 
簡単に要旨をまとめると、
六項目に整理できます。
 
第一に、
従来のトップダウン、
ピラミッド型の組織ではなく、
誰もが平等な立場で
自然につながり合うような会を目指す。
 
第二に、
気功を大自然の公法として整理公開する。
 
第三に、
気功の敷居をできるだけ低くして、
広く市民に裾野を広げる。
 
第四に、
あらゆる制約や縛りから気功を解き放ち、
こどもの成長をサポートするように、
不要なことをせず、
必要なタイミングに必要なことをすることで、
気功を育てていく。
 
第五に、
「からだの自然を育む」
ことをミッションとし、
そのために、
出産と育児、
こどもの体育と教育に注力し、
人間が自然なままに成長していける
生涯学習の場を創っていく。
 
第六に、
自然人を育てること(育み)と、
自由自在につながり合うこと(むすび)とを
車の両輪のように、同時に進めていく。
 
八年の歳月を経て、
気功三部作が出揃い、
今ちょうどスタートラインにいるような気がしています。
 
次は、気功の絵本を創ってみたいと思っています。
絵本の良いところは、
ちいさなこどもたちとお母さんの手に直接届くこと。
そして、声を出して楽しんで読んでもらえることです。
墨絵がメインで、
文章は詩のようにリズムと流れのあるもの。
夢は膨らみます。
 
そうそう。
『いのちの気功』を書店で見かけたら、
そっと手に取って、
ぜひ声をかけてあげてください。
まだ生後一ヶ月。
みなさんのあたたかな気を集めて
すくすくと育っていくことでしょう。


生まれて育つ
いのちの気功   
幸福なお産と子育てのために

天野泰司 著・1500円+税・春秋社

内容
序 章…自然に還る
第一章…生まれる 
第二章…育つ
第三章…病気とてあて 
第四章…禅密気功でふわふわに

 10冊以上のまとまった注文は
 気功協会にお知らせくだされば10%off 
 送料無料で春秋社から直送できます。

NPO法人気功協会
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気功の学校・気楽編 二十九

霧島に行ってきました。

気功の学校・修学旅行として
春休み期間に企画したもので、
二泊三日、現地集合現地解散、
スタッフを含めて参加者九名、
中身の濃い充実した旅でした。

宿は旅行人山荘。
約五万坪の敷地の大部分が自然林。
高台にあり眺めが良く、
男女別になった展望露天風呂から錦江湾と桜島を見渡します。
Sakurajima

森の中にも貸切の露天風呂が三つあって、
お風呂に入りながら、野生の鹿を目にすることもあります。

霧島の自然は雄大でいて、どこかカラッとしています。
火山活動が盛んで、あちこちからもうもうと煙が上がり、
膨大な量の温泉が湧いていて、原初的な地球の息吹を感じさせます。

天孫降臨神話の伝わる高千穂峰の麓、高千穂河原には
霧島神宮の旧社殿跡があり、
ご神体の霊峰を拝むようにして、鳥居と祭壇だけが残っています。
Takacihogawara

私たち一行は、温泉で体を清め、
森の中で体を動かしたり、お互いにてあてしたりして
心身共にさっぱりしたあとに、
旅行人山荘のバスに乗って高千穂河原を目指しました。
天気も良く、桜が各所に咲き、山々は春の気配でいっぱいです。

私たちが参拝する時には
ちょうど他の観光客もいなくなり、
祓祝詞をあげ、
出発前に「この詩をぜひ霧島で」とNさんから託された詩を詠み、
「あ」「め」「つ」「ち」「の」「おん」の一音一音に
体の動きをつけて、天地との響き合いを楽しみました。


Senrigataki

初めて訪れた千里ヶ滝も素晴らしいところでした。
落差七十五メートルを一筋に滝壷へ流れ落ちる迫力とはまた別に、
滝正面の岩の上に立つと暖かく全体から包み込まれるようなやさしさがあり、
しばらく気功をしたり、場の感じを味わったりしていて、
立ち去り難いものがありました。
もうすこし暖かい時期なら滝壷に飛び込んでいたかもしれません。
次に来る時には、高千穂峰登山と、千里ヶ滝水垢離はぜひ体験したいものです。

今回の修学旅行の収穫は、
いのちの源に戻る
という気功の原点を再発見できたことではないかと思います。
ちょうど四月二〇日刊行予定の三冊目の本
『生まれて育つ いのちの気功』(春秋社)の
校正をしているさなかで、
装幀見本も上がってきたタイミングでした。
Morinonakade

合宿を終え、
バス停のある霧島温泉市場(旧称パライソ)でお土産を見ていると、
旅行人山荘の方が車で来て私を探している様子。
忘れ物をしたかな、とはっとしましたが、
その方が持ってきたのは支配人から託された手作り梅干しで、
お土産にと用意してくださっていたものだとか。
実は、二冊目の本『うごいてやすむ 幸福になる気功』の
書き出しは、この旅行人山荘から始まっているのです。
旅行人山荘のとても落ち着く図書室に私の本があります。
自然に包まれて温泉で心身をゆるめ、
ゆっくり読書でもいかがですか。

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気功の学校・気楽編 二十八

ガイアシンフォニー(地球交響曲)第一番のDVDを見ました。


第一番を見るのは初めてだったのですが、
印象的だったのは、故・野澤重雄さんの育てたトマトです。
一粒のごく普通のトマトの種から、
一万三千個も実がなるトマトの巨木ができていく。
第一番では、その成長の様子を最初のほんの小さな一粒の種から追いかけていきます。

その野澤さんが、
撮影の前に龍村監督にこういう話をしたそうです。
「技術的には何の秘密もないし、難しい事もないんです。
ある意味では誰にでもできます。
結局一番大切なのは育てている人の心です。
成長の初期段階でトマトに、
いくらでも大きくなっていいんだ、という情報
(十分な水と栄養があるんだという情報)を与えてやりさえすれば、
後はトマトが自分で判断します。
トマトも“心”を持っています。
だから撮影の時には
できるだけトマトと心を通わせ
激励してやって下さい」と。
この後日談がまた面白いのですが、
詳細は『ガイアシンフォニー間奏曲』(インファス )を
お読みになってみてください。

野澤さんのお家は高槻にあって比較的ご近所ですし、
トマトの巨木を生み出したこと、
筑波の科学万博で日本政府館のメイン展示になった
ことは知っていましたし、
講演を聞いたこともあったのですが、
今回映像を初めて見て、
ストンと心の深いところに落ちました。
そして、
私たち人間の可能性が発現していくメカニズムも、
トマトの巨木ができていく仕組ととても似ているのではないか
と、ふと思ったのです。

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気功の学校・気楽編 二十七

Anahori
新しい事務所の庭に炭を埋めました。

古来、日本人の気の感覚は
とても優れていたのではないかと思います。
神社のように清々しく気持の良い場を
イヤシロチ、
どんよりとして気持の良くない場を
ケカレチと呼び分け、
気の場を良くするための
様々な方法を活用していたようです。
その中でも良く知られているのが
炭を用いた環境浄化法です。
一定量の炭を一ヶ所に固めて埋めると、
辺り一帯の電位が上がり、
生命活動が活発に行われやすいフィールドができます。
人間にとって快適な生活空間になるだけではなく、
植物の生育も良くなるので畑に埋炭することも行われています。
詳しくは楢崎皇月さんが研究したデータがありますので探してみてください。

では、実際の埋炭の要領を簡単に説明しましょう。
お庭に埋めるなら比較的簡単にできます。
直径一メートル深さ一メートルの穴を堀り、粉炭を埋めます。
一般的には粉炭約三百リットル、
重量にすると百キロぐらいの粉炭を
ギュッと固めて埋めます。
今回は蓼科高原農場の竹の粉炭を使いました。
半径十五メートルの範囲が一ヶ所の埋炭でカバーされますから、
普通の家なら中心に近い部分に穴を掘ると
すっぽり1軒分がイヤシロチになります。

埋炭は今回で3回目になりますが、
穴掘りはなかなか大変です。
特に砂利が多いとスコップがさっと入らないので時間がかかります。
スコップも歯が欠けてきたので、
今回は金象印のスコップを新調しました。
単純な作業で汗をかくのもなかなか気持の良いものですし、
実を言うと穴を掘るだけで電位が上がるのです。
だから穴掘り自体が体の浄化になり、心身共にサッパリします。

穴が掘れたら粉炭を投入し、
水をたっぷり入れてしっかり踏み固めることを繰り返し、
最後に表面の高さまで土を埋め戻します。
ただ穴を掘っただけでは、
だんだんに電位は元に戻ってしまいますが、
炭を埋めることで半永久的に電位の高い状態が保たれます。
炭は適度に電気を通す半導体的な性質を持っているので、
地中から地表への電子の動きが持続するのです。
以前の北園町の事務所は埋炭して約十年使ってきましたが、
二、三年経ってから、とてもスーッとした気持の良い場になり、
それからは年を重ねるごとに環境が良くなってきていました。

その、とても愛着のあった事務所ともお別れです。
畳の広間の床下一面に敷き詰めていた炭を
南松原町の新事務所に移し、
玄関先で元気に育っていた紫陽花とジャスミンも移植しました。
取り壊しの二日前、
箒の他何もない事務所で最後のお掃除をして、
先方の弁護士立会いの元、鍵を家主に返還しました。
ひとつ終わり、また新しく始まる。
無くなって寂しい気もするけれども、
無意識にしょっていた過去を清算して
心がスーッと軽くなったような気がします。 

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新春てあての会 2008

2008年新春初講座は
満員御礼のスタートです。

新しい年が明け、
初日の出を拝んだり、
初詣でに出かけてお祈りをしたり、
日本中が心改まる特別な時期。

原点のゼロに戻って学びをスタートするのにも、
今年一年の願いを形にしていくにも、
とてもいいタイミングです。

また、気功協会の事務所も、
ちょうどこの七日に
新しいところへ引っ越したばかり。

去年までの垢や汚れははきれいに洗い流して、
この講座から新年のつもりでエンジン始動です。

この講座はたぶん一冊の本になります。
今執筆中の『生れて育つ〜いのちの気功』(仮題)と合わせて、
今年は2冊の本ができそうです。

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気功の学校・気楽編 二十六

一月七日に新しい事務所に引越しました。

気功協会の母体となった関西気功協会の時にも二回引越をしています。
一度目は神戸の住吉から高槻の城北町へ。
阪神淡路大震災の直前、一九九四年の年末のことでした。
星電社のご厚意で、ビルの一室を無償で借りていて、
広い会場がかなり自由に使えてとても便利だったのですが、
一階がテナントになるために出て欲しいということで、
阪神間でかなり大量の物件を探索し、
趣のある古い平屋の一戸建てに引越しました。
長らく活動の拠点となっていた神戸から離れることに対しては
不満の声も上がりましたが、
様々な条件を総合して考えると他に選択肢はありませんでした。

二度目は同じ高槻の北園町へ。
この時は最終候補が二つに絞られて、
狭くて趣のある二戸一か、
広くてどよよよ〜んとした雰囲気の一戸建ての平屋
という二者択一で、意見が分かれました。
当時は事務局が五人いて、多数決だと狭い方だったのですが、
「環境は良くすることができる」と、
広い方に決めたのが去年までの事務所です。

前に住んでいた方は夜のお仕事で、
昼間に暗くしてお休みになっていたみたいで、
そのためか畳を上げてみると床板はカビだらけ。
通気の悪いコンパネを全部外して、杉板に変え、
会員さんのつてで里山で焼いた炭を
軽トラック一杯分床下に敷きつめ、
カタカムナに詳しい原宣之さんと相談して、
家の中心あたりに埋炭もしました。
そうした環境面の配慮はじわじわと功を奏し、
ここ数年は本当にスッキリした
気持の良い場所として使っていました。
最初の状態を知っている人が今の状態を見たら、
たぶんビックリします。

そして今回は高槻の南松原町へ。
京都の山科から神戸の塩屋あたりまで、
かなり広い範囲を口コミ、不動産屋さん、
インターネットで半年ほど探し、
駅近にしては静かで広い一戸建てが見つかりました。
独立した中二階のある5LDK。
南向きの縁側とベランダ、それに納戸と駐車場があり、
すぐ近くに公民館があるのも利点です。
家の状態も良く、床下に炭を敷き埋炭することで、
これからさらに気持ちよくなることでしょう。
広さも、ビルの一室から、2DKの平屋、
4DKの平屋、5LDKの2階建てと
順に広くなってきていて、
逆に物は意図的にかなり減らしました。
事務局の人数も最小の二人に減たので、
職住一体にして自分のリズムで仕事を再スタートする時かなと、
新しい事務所に家も引っ越してしまうことを前向きに考えています。

私は、東京で生れ、
横浜、宮崎、京都、高槻と移り住む間に
転勤族でもないのにかれこれ十五回も引越を経験して来ました。
場所が変わると大変な面ももちろんあるけれども、
何かわくわくするのは、
旅行と同じような楽しさがあるのかもしれません。
高槻にお越しの節は、新しくなった事務所にぜひお立ち寄りください。

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気功の学校・気楽編 二十五

Kotozaka


「気脈の会」という
全国の気功愛好者の集まりが
宇治でありました。
今回は私たちの「当番」です。

気脈の会には隠れたファンの方が結構いて、
この会だけはできるだけ欠かさずに参加しています
という方が今回も六、七名はあったでしょうか。

気脈の会の特徴は、
各地持ち回りで開催しているので
全国のいろんなところに行けること、
実費計算で参加費が安いこと、
そして、先生も生徒もなく、
みんな同じ気功愛好者として
身分や肩書きとは関係なく気楽に参加していることです。
二泊三日の日程で、
観光や交流会もあり、
研鑽やコンサートもある
という欲張りなスケジュールのことが多いのですが、
今回も充実した三日間でした。

Kawamo


印象的だったのは、宇治川にかかる朝霧です。
朝まだ夜が明けぬうちに川べりに出てみると、
川面に霧がかかって、
上流から山間を雲が流れてくるように見えます。
宇治川のほとりや中之島で朝の気功を楽しんでいると、
ちょうど上流の方から日が昇ってきて、
キラキラと川面が輝いて
あたりは天上世界のようになります。

平等院鳳凰堂は、
ちょうどこの宇治川の流れを見渡すように立てられていて、
極楽浄土がここにあると考えた
昔の人の気持が判るような気がしました。

研修の流れは、「気功のミッション」と題して、
社会に役立つこれからの気功の形を探っていきました。

初日は、
現代に蔓延している目の疲れを抜くことを真剣に考えなければ
という、福岡の山部嘉彦さんのレクチャー。
二日目は感受性を磨く方法として、
私が頭部の穴追いを紹介し、
瞑想的なインドの横笛バーンスリーのライブ演奏の中、
満月の夜に穴追いを楽しみました。
そして三日目は
妊婦さんのための気功を
東京の出口衆太郎さんの指導で体験しました。
残念ながら妊婦さんの参加はありませんでしたが、
丹田に気を集めることはそのまま赤ちゃんに気を集めること
と聞いて納得。
無理のない自然な動き方を
三ヶ月程度で身につけてもらうプログラムは
とてもベーシックなものでした。

観光のメインは黄檗山万福寺。
インゲン豆で有名な隠元さんが、
中国そのままのお寺を日本で建てた広々とした伽藍で、
館長交代の時にしか使わないという法堂で座禅体験をし、
Manpukujide

お堂の横の日当たりの良いところで気功を楽しみ、
食堂での食事作法も修業の一貫として体験しました。
連休だというのに観光客もまばらで、
日本にいながらにして中国旅行気分を味わいました。
一方、十円玉のデザインにも採用されている平等院鳳凰堂は
ものすごい人出で、内部拝観は二時間待ち。
外観をぐるっと一周り観るだけで、後は三々五々、
川べりの茶店などでお楽しみのティータイム。

小耳に挟んだ感想の中で
「平等院よりこっちの方が極楽浄土や」
と言っている方があったのが印象に残っています。

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気功の学校・気楽編23

Seibu

瞑想はじっとしているものだと
思っている方もあると思いますが、
気功の中には動く瞑想がたくさんあります。

一般的な分類では、
気功には動功と静功があり、
動作があるものと、
じっとしていて動かないものとがある
と言われていて、
私もそんなものだと思ってきました。
ところが、劉漢文先生は、
「動功も静功もなく、
どの気功の中にも動と静がある」と、
その考えを簡単に空中分解させてくれました。

実際に劉漢文先生が伝えてくれた
禅密功を体験してみると、
見事なまでに動と静の境目が無いのです。

先日、高槻西武の多目的ホールで、
瞑想をテーマに入門講習をやってみました。
半分以上が初めて気功を体験する方で、
新聞を見て遠方から来て頂いた方もありました。

会場では白いカーテンが風にゆれています。
「息する」というレッスンを
『からだの自然が目を覚ます 気功入門』(春秋社)に書いた通り、
そのままに体験するところからスタートしました。
14ページです。

ゆっくり息をしてみましょう。
わずかに微笑むようにして軽く目を閉じ、
ゆっくり三回、自然に息をします。

そうして、
三回ゆっくり息をしてもらうと、
それだけで会場の空気ががらりと変わります。
講座にきた人は、
自分だけ変わったように思うかもしれませんが、
正面からみなさん全員の顔を見ている私からは、
場が変化したように見えます。
これは、気功を教えている時の面白さの一つですね。
意識状態がふっと変わったような状態で、
気功で言えば「入静」、
心理学で言えば軽いトランスに入っている状態です。
気功ではこの「入静」状態を保ったまま動いていくので、
動いていることそのものが瞑想になるのです。
そして、動いていくことで、次第に瞑想が深まり、
瞑想が深まることで更に動きが微細で美しくなる
という循環を続けていきます。
すると、動きは大きくても小さくても関係なくなり、
動いていないように見えても
無限の動きが内にあることが感じられるようになります。

これは、波のように動いてみるとよく分かります。
軽く微笑むようにして、
体を波のようにゆらしていると、
体からどんどん力が抜けていって軽い感じになり、
同時に心の中も明るく透き通った感じになっていきます。
そのうちに動きはとてもゆっくりになり、
動いているのか動いていないのかも判然としなくなり、
少しも動いていないようでいて、
自由自在に心も体も動いているような
不思議な感覚に包まれます。
このようにして外側の動きが消えると、
それが座禅のような形になり、
静かに座っているように見えるのですが、
ただじっとしているのとは中身は全く別物なのです。 

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気功の学校・気楽編 二十二

Hakuyusi_3

京都北白川・瓜生山山中に
「白幽子巌居蹟」はあります。

京都市バス3系統「北白川仕伏町」行の
バスに乗って終点までゆられ、
日本バプテスト病院の駐車場横を抜けて山道へ入ると、
道の脇には、さらさらと白い砂の上を
綺麗な小川が流れています。
このあたりの山は水晶や長石を主成分とする花崗岩が多く、
細かな白い砂となって川に運ばれていくのです。

瓜生山は比叡山の裾にある
標高三百メートルほどの小さな山で、
自然林がよく保存されていて、
気持ちの良いハイキングコースになっています。

訪れたのはちょうど大文字の送り火の前日でしたが、
木のトンネルの中は適度に涼しく、
ここ数日続いていた猛暑を忘れてしまうほどでした。

巌居蹟には、
小川の源頭あたりに掘られた小さな井戸と、
南向きに半円形に広がる大きな岩が残っています。
そこに白幽子が住んでいたというよりは、
修業や瞑想をするための特別な場所のように感じました。

岩のちょうど真ん中あたりに
少しだけくぼんだところがあり、
そこに座ると、
何かに守られているような感じで
ポカンとしてしまい、
いつまでもそこで座っていたいような気分になります。

白幽子は、
臨済宗復興の祖とされる白隠の
気功の先生にあたります。

白隠は二十六才頃に
寝食を忘れるほどの猛修業をしますが、
心身の乱れからいわゆる禅病になります。
頭はのぼせ、手足は冷たくなり、
心は疲れ果て、夜も眠れず、
幻覚にも苦しんだと言われています。

そんな折に、
京都比叡山白川に
白幽子と名乗る医術に長けた仙人がいることを聞き、
その元を訪ねて、
「内観の法」と「軟酥の法」を教わります。
このあたりのことは、
白隠が七十三歳で記したという『夜船閑話』にあります。

「内観の法」というのは、
心身をリラックスさせてゆっくり腹式呼吸しながら
入静(軽い催眠状態)に入り、
腰部より下に気を集める方法です。

「軟酥」というのは、
やわらかなクリームのことです。
美しく香りの良い丸薬が頭の上にあり、
その素晴らしい薬が溶けて
体の中を上から下に順々に潤していく様を
イメージしていきます。

白隠は、この秘法をこの瓜生山山中で教わり、
禅病から抜け出して八十四歳まで生きたと言われています。

確かに秘法ではあるのですが、
腹式呼吸で丹田や下半身の気を充実させることも、
イメージを使って全身をリラックスさせる方法も、
今では比較的ポピュラーでやさしい気功です。

白隠は修業に熱中して病気になったわけですから、
基本中の基本みたいなシンプルな処方が
いちばん適していたのかも知れません。

帰りは地蔵谷から北白川ラジウム温泉へ。
尾根道があまりにも気持ちよく、
もう少しで比叡山にまっすぐ登ってしまうところでした。

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気功の学校・気楽編 二十一 

Akachan

妊産婦さんや赤ちゃんが
気功協会へいらっしゃることが、多くなりました。
おなかの中の赤ちゃんや、
生まれて間もない赤ちゃんと気を通わせていると、
何とも言えないとてもおだやかな空間になり、
時間も一瞬忘れます。

私が整体と出会ったのは、子育てからでした。
新しく授かった大切な命に
責任を持つことを真剣に考え、
最善の道を探していく中に
野口晴哉先生の著書、
『育児の書』『誕生前後の生活』に出会い、
そこから整体を学んでいくことになったのです。

先日、三歳からカトリックの教育を受け、
三人の子育てをして来られたお母さんとお話していて、
とても興味深いことを伺いました。
私は全然知らなかったのですが、その方曰く、
カトリックでは罪の意識がとても強くて、
悪いことしたな、いけないな、というように
いつも自分を責めてしまい、
苦しむことが多いのだそうです。

大人の場合は罪の意識というものを持って、
心のバランスを取っていくことは
ある程度必要な面もあると思いますが、
生まれて来た子どもには
何の罪も汚れも無いと心底思います。
小さなうちは余分なことを教えないで、
できるだけ自然のままに
感覚的な面を育ててあげることが大切で、
宗教的な観念を学ぶのは
思春期あたりからで良いのではないかと思います。

私が赤ちゃんや子ども、
そして若い世代の人達に一番望むのは、
自由自在に、自分の力を発揮して生きていくことです。
その中では自然に
「あー悪かったなあ」と思うこともあるでしょうが、
初めから「私は罪深い」と教えることは
「自己否定」からのスタートになりますから、
どんなに生きていくことそのものの楽しみを
奪うことになるかは想像に難くありません。

赤ちゃんと接していて感じるのは、
とても純粋で汚れのない感じです。
むしろ私たちが赤ちゃんから学ぶべきものが
たくさんあるのではないかと思います。
私の気功の師であった劉漢文先生は、
「子どもに還りなさい、赤ちゃんに還りなさい」
とよく仰っていました。
中国に研修に訪れた時はいつも、
日に日に参加者の顔が明るくなり、
笑いが多くなり、
幼稚園のようににぎやかになっていった
ことを思い出します。
講義の中で繰り返し聞いたのは
「先天」という言葉でした。
私たちが生まれる以前からある、自然の流れ。
人為を越えた大いなるもの。
そことのつながりを回復していくことが
気功の目的であると教わったのではないかと思います。

その一方で、
生まれながらに大自然そのもののような、
赤ちゃんの心と体を、
できるだけそのままの純粋さを保って、
生命を花開かせていくように
サポートしていくことが大切だと言えるでしょう。

いのちの原点にいつも立ち戻っていくことができる。
そこが、気功や整体の醍醐味ではないかと思います。 

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気功の学校・気楽編 二〇

今、家探しをしています。

緑が多くて自然に恵まれ、
みんなで集まれる広いスペースがあって、
駅から近くて家賃も安い。
そんな所で気功協会の仕事をしたいと考えていて、
物件のリサーチを始めたところです。

現在使っている事務所は、高槻の街のど真ん中。
JRからでも阪急の駅からも歩いて一〇分以内の
便利な場所にある平屋の一戸建借家です。
京間十二畳の広間に南向きの縁側があり、
環境をより快適にするために、
床下には炭を敷き詰め、
埋炭と言って粉炭を1ヶ所に圧縮して埋めました。
平日の講座はこの広間を使っていて、
十数名が集まって「てあて」や活元運動などをしています。

クレヨンハウスという本屋さんから譲り受けた、
大きな本棚には、心と体、暮らしに役立つ本が詰まっていて、
本を借りて読むのを楽しみにしている会員さんもいます。
時々ふらっと立ち寄られては、
広間でごろんとくつろいで本を読んだりしているようです。
広間は天井も高く、北側の玄関を開けておくと南北に風が通るので、
クーラー無しでかなり快適です。

会報『気功生活』の印刷や発送作業も自分たちでしています。
コピーと簡易印刷機のリソグラフ、折機があり、
発送の日は朝からカタンカタンと
リズミカルな音を立てて働いてくれます。
丁合や封筒詰めは会員さんのお手伝いがあってとても助かります。
作業が順調な時には、みんなでお茶をしながら
クロネコさん待ちになります。

事務スペースは、]
広めのキッチンに合わせて白木の棚と机を手作りし、
三台のMacが美しく並んでいます。
この春に、照明も蛍光灯からファン付きの白熱灯に変え、
以前の居住者から譲り受けた年代物のクーラーも
新しいものに取り換えたところです。

こうして、快適になるように工夫しながら
使ってきた事務所にはとても愛着がありますが、
家主さんから出て欲しいと言われれば、
私たちも新しい活動のスペースを
探していくより他はありません。

そして、場所が変わることで、夢も膨らみます。
最近は長屋を改装して多目的スペースにしたり、
仲間が集まって広い庭や屋敷の広間を共有したりする
コーポラティブハウスも増えてきました。
古い建物を大切に保存していく動きも各地にあるので、
昔ながらの家や、文化財のような建物を借りて、
公共の活動を広げていくこともありえるかもしれません。

条件の目安として考えているのは、
妊婦さんや赤ちゃんが安心して来れることです。
つまり、生理的にほっとできるような
環境とアクセスを重視しています。
また、私たちNPOの目的「自然の感覚を復興する」には、
妊婦さんや赤ちゃんの指導がとても大切
だと考えていることもあります。

来年の夏ごろまでの移転を考えていて、
皆さんからのご支援も、
資金、情報両面で大歓迎です。  

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気功の学校・気楽編 十九 

Tochi_1


新緑の芦生の森には、清々しい風が吹いていました。

禅密気功の目的は、
人と自然とが一つにつながり合う「人天合一」。
四千ヘクタールもの広大な天然林が残る芦生の森は、
禅密気功を学ぶのにピッタリの環境なので、
ここ数年、毎年訪れていました。
新緑のシーズンは今回が初めて。
初々しい緑の森の中での気功はなんとも言えず心地よいものです。

今回は小学五年生から七〇歳までの、
十二名が参加。園部駅からマイクロバスにゆられて約一時間。
途中、美山茅葺きの里で一服。
茅葺き屋根の民家が何件も残っている集落で、
畑のあたりでぼーっと寝転がっていると、
古い日本に戻ったような、ほっとした気持になります。
一般の観光客が入ってくるのはこのあたりまでですが、
私たちは由良川に沿ってさらに奥へと入っていきます。
五月中旬頃は山藤が綺麗です。
大きな杉の木に藤が巻き付いて、
薄紫色のクリスマスツリーのようになっているのには
ビックリしました。

私たちが泊まった芦生山の家は、
芦生の森の入り口にあります。
ログハウス風の、まだ新しい清潔な建物。
キノコや山菜など地元の食材を使った
お食事の美味しさもこの宿の魅力です。

一日目は、
由良川沿いのトロッコ道を散策し、
夕方には地元の公民館を借りて、
蛙の大合唱をBGMに活元運動(自働運動)をし、
夜はお互いに「てあて」(愉氣)をして、
翌日の森に向けて、コンディションを整え、ぐっすり眠ります。

翌朝は、
軽く体を動かしてから朝食をとり、
宿の手作りお弁当をリュックに詰めて
マイクロバスで杉尾峠に出発。
由良川の源頭、初めの一滴が始まる所から、
なだらかな上谷をゆっくり下っていきます。
途中、ただ森の気配を感じたり、気功をしたりしながら、
予定の時間を一時間ほど超過して、
芝生の広場になっている長治谷に到着。
緑が眩しい森を眺めながらお弁当を食べ、
ごろんと横になると、
ポカンとしてしまい、何も考えられなくなります。

長治谷には、既にバスが待機していて安心です。
時間が押し、急ぎ足だったのが残念ですが、
毎年通っている下谷の大カツラやトチの巨木の林にも立ちより、
濃密でいてフレッシュな新緑の森の気配を味わい、
身も心もとてもサッパリして、帰路につきました。

森に入り、森を味わうことが気功。
今回の一泊二日の旅は、そのことをとても鮮明にしてくれました。
自然の感覚を目覚めさせ、
その感覚を高めていくことが気功の大きな目的ですが、
ともすると、気功という技術を追求することが主となり、
本来の目的を忘れてしまう場合があります。

本当は何もいりません。
そして、気功があることで、森とも深く共鳴できます。
「気功をしましょう」と言えば、
意識のチャンネルは既に感覚のチャンネルに
さっと切り替わっているのです。

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竹富島のんびりロケ合宿

気功の学校・卒業旅行 第2回目
2007.4.1〜5

今年の卒行旅行は竹富島に行ってきました。

大阪から那覇経由で石垣島へ飛び、
(那覇で羽田便と合流)
石垣の市場のあたりで食事をとり、
石垣港から高速船で10分。
汗をかくような日差しの中、
水しぶきを上げながらグングンと船は進み、
竹富港に着いたのが夕刻。

小学5年生から90歳のおじいちゃんまで、
14名の大家族のような私たち一団は。
竹富島の民宿松竹荘(マツタケソウ)に4泊し、
5日間の島時間を楽しんで来ました。
Matutake

朝晩の気功以外は全て自由時間。

珊瑚の石垣、
赤瓦の伝統的な創りの家々、
ブーゲンビリアやハイビスカス
南国の花々が色鮮やかで、
掃除の行き届いた美しい街並み、
珊瑚礁に囲まれた
遠浅でおだやかな青い海。

集落をぶらぶら歩いたり、
自転車で島のあちこちに行ってみたり、
桟橋や浜で時間を過ごしたり、
Nisisanbashi


宿でのんびり昼寝したり、
小さなお店を覗いたり、
喫茶店でお茶をしたり、

みんなそれぞれに
思い思いの時を過ごしました。

今回の旅で気づいたのは
大きないのちの流れです。

お年寄りが元気で、尊敬され、
祭事などで大事な役割を担っていてとても存在感があります。
また、子どもたちがとても大切にされていることも判ります。

宿から近いパーラー願寺屋で、
『うつぐみの竹富島』という写真集を見て、
97歳のお祝いに水牛車パレードがあることを知りました。
水牛車に揺られるおじいやおばあの
なんとも言えない喜びに満ちた表情と三線に合わせて踊り出す体。
島中のみんなの祝福を受けて祈願するのは
さらに120歳までの健康と幸せなのだそうです。

竹富島にいると、
今の世の中のあたりまえとは
明らかに違う島の中のあたりまえに出会います。

「うつぐみ」とは
竹富島に特有の言葉で、
「ひとつに協力しあう」という
「くむ」という言葉の強調されたものです。
竹富島では、
この「うつぐみ」こそが大切なものとされています。

島の伝統を守り
毎朝お掃除をして
環境を大切にすること。

祈りが日常の生活の中にありふれてあること。

子どもやお年寄りが大切にされていること。

それらは、みんな「うつぐみ」の心の現れのように思います。

自然とひとつになったいのちの営みを
私はそこに感じます。

たくさんの観光客が次々に訪れては去っていく中で
自然と景観の美しさと
人の心の美しさが
これほど守られているところは
他には無いのではないかと思います。

「うつぐみ」という
「ひとつながりのいのち」が
竹富の魅力で、
その魅力は、島に滞在している間に
私たちの体に徐々にしみ込んで来ます。

はじめは西表島とか小浜島とか
他の島に行くことも考えていましたが、
結果として4泊全て竹富島にしたのが正解でした。

途中冷え込んで、天気がすぐれなかったり
水道工事で集落のあちこちでショベルカーが道を掘り返していたり
という悪条件もありましたが、
今回得たものは具体的に表現はしにくいけれども
大きなものがあります。

また訪れたい島です。

参加者のみなさん、
松竹荘のみなさん、
本当にありがとうございました。

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気功の学校・気楽編 十七 

愛知県岡崎市の産院、吉村医院に行ってきました。
切開や促進剤などの医療介入が盛んな中で、
ここまでいのちの働きを信頼し、
自然なお産を奨励している病院は
他に無いのではないかと思います。

「通信講座Self」の受講生が
吉村医院でお産をした縁で興味を持ち、
DVDブック「幸せなお産をしよう」(春秋社)を見て
一度行ってみたいと思っていたところへ、
「来週に両親学級があるんです」と聞いて早速出かけました。

岡崎駅から徒歩約10分、
正面は鉄筋三階建ての普通の産院。
受付を抜け裏庭に出ると、
江戸時代にタイムスリップしたような別世界。
「古屋」と呼ばれる茅葺き屋根の民家から、
かまどの煙が立ち上り、
掃除や飯炊き、
庭先での薪割りに精を出しているのは妊婦さん達。
平日の午前十時から三時までは、
妊婦さんが希望すれば
昔ながらの家事労働を楽しめるようになっていて、
200円の「古屋チケット」でお昼ご飯も食べられます。
旬の素材を使った簡素なものです。
Furuya

ここ古屋にいると時間の流れが違います。
「薪割りやってみたいなー」とそんな動機から
吉村医院を選んだ妊婦さんも来られていましたが、
やってみると確かに面白くやめられなくなります。
体を動かして仕事をすることは本来楽しいことで、
会社の仕事や慌ただしい家事労働とは全く違った心地よさがあります。
特別なことが何も起こらないのに、
ただ、生きて、動いて、食べて、お話して、
生活していることそのものが何だか楽しい。
そんな気持になってしまいます。
この古屋労働が妊婦さんの心身をとても楽にしてくれ、
幸せなお産につながっていることは間違いないでしょう。

古屋の隣には木造で端正なつくりの「お産の家」があります。
お産をするのは六畳ほどの畳のお部屋で、
縁側があって、丸ちゃぶ台があり、
太い産綱が天井からしっかり吊られています。
両親学級やきくちさかえさんのヨガ教室は
このお産の家の2階であります。
また、妊婦ピクニックが定期的にあり、
古屋のかまどで炊いたおにぎりを持って野山に出かけていきます。
助産婦さんの話では、
入院して破水してからもピクニックに行かれる方もあるとか。

院長の吉村正さんは「必ず体を動かしなさい」と
どの妊婦さんにも喝を入れますが、
その喝は自然で本当に幸せなお産をしなさいという
愛情に満ち満ちています。
自己紹介の中で
「両親を亡くした悲しみの淵で子どもを授かり嬉しい気持が湧いてきた。
お産を通じて自分自身も生まれ変わって誠実に生きていきたい。」
という話もありました。
涙、涙の自己紹介が続き、
スライドで出産の実例を見ました。
安心しきった赤ちゃん、
恍惚となり喜びに包まれるお母さん。

頂いたパンフレット「いのちの誕生」には
「宇宙から流れ込む無限の愛」と
サブタイトルがふられていました。

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気功の学校・気楽編 十六

Lyu
気功は俗に三千流派と言われますが、
私が最も大きな影響を受けたのは、
故・劉漢文先生が公開した禅密気功です。

複雑なやり方を
アレコレたくさん覚えるような気功が多い中、
禅密気功は背骨が動く、
それも自発的に背骨から
次々に動きが起こってくる気功で、
原始密教に由来しています。

原始密教の習慣では、
エネルギーの源は背骨にあるとされていて、
その動きは「蛇」として象徴されています。
つまり、背骨そのものが蛇のように自由自在に動いてくるのです。
そのため、背骨が自由に動けるように、
重力の縛りや過剰な緊張から解放してあげます。

まっすぐに、ゆるんで立つ。
これが、禅密気功をする時に最も大切なポイントです。

では、楽に自然に立ってみてください。
そして、頭のてっぺんに糸がついていて、
その糸で天井からぶら下がっているような感じを想います。
あやつり人形のように、全ての関節がゆるんで、ブラブラ、ゆらゆらです。
足先の方に重心がかかっていると緊張体勢になりますので、
心持ち後ろへ、踵の方へ体重が乗っているようなイメージを持ちます。
すると、もっとゆらゆらしてきます。
ふわーっと浮き上がったような、体が無くなったような感じがするので、
初めて体験すると驚くことがありますが、
ごくあたりまえの自然な感覚です。

この状態を無理に求めずに、
いつも淡い意識の中で求め続けているようにします。
その呪文のようなものが、「三点一線」です。
これだけでは何だかわかりませんね。
三点とは、頭のてっぺん、骨盤の底、両踵の間、
この三つのポイントで、
この三つが一つのまっすぐな線の上にあるようにイメージするわけです。

この「三点一線」は、ただ立つ時だけではなくて、
あらゆる動きをする場合に、いつも心がけているものです。
ここまで体感すれば、「三点一線」と、ふっと言葉を想い浮かべるだけで、
体は勝手にそのように体勢を整えてくれるので、とても便利です。

ここまでが、背骨が自由に動けるようにするための準備です。
と同時に、動いている間に「三点一線」 はだんだん楽になり、
とても気持のよい感じに包まれていきます。
動きはゆっくり、雲に乗っているようにとても軽々としていて、
波のように、背骨から全身が動いていきます。
こうして、背骨がなめらかに自発的に動いた後の清々しさは
何とも言えず、快いものです。

自発的な動きの代表格に活元運動(自働運動)がありますね。
その活元運動をされている方なら
「三点一線」をふっと意識することで動きの質がすぐに変わってきます。
ゆるやかな動きがどこまでも続いているような心地よい感覚。
温かで、やわらかで、光に包まれているような感覚が
ずーっと続いていくのが禅密気功の特徴です。
すると秘密の処がゆるんでくるのです。

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気功の学校・気楽編 十五

阪神淡路大震災十三回忌
砂曼荼羅法要に参列してきました。

Mandala

法要があったのは、
須磨のお大師さんとして親しまれる源平ゆかりの寺、須磨寺です。

ネパールから六名の僧が来られて、
五色をベースにした十五色の砂を使って、
五日間かけて完成させた砂曼荼羅は、
四畳半ほどの方形の台の上につくられた祈りの宮殿のよう。
「あー美しいなあ」と思うと同時に、
何物も侵し難い、とても厳かで神聖な世界をそこに感じました。
美しい光のバリアに何重にも護られている祈り。
参列者の慰霊と復興の願いは
そのまま光の中心へすーっと導かれていき、
僧達のチベット仏教式の祈りと共に
ストンと深いところへ届けられたように思いました。

法要は一月十六日から一週間毎日行われ、
私が参列したのは最終日の二十二日。
砂曼荼羅を壊す破壇作法が行われる日で、
参列者も多く、列になって会場と外とを巡りながらの
巡礼になりました。
供養のロウソクが灯り読経が続く室内と、
明るく晴れ晴れとした屋外。
陽光が射す中に、雨が降りました。

破壇作法に入り、会場には参列者がびっしり。
背の高い人は自然に後ろへ場所をとります。

導師を務めるクンガ・ドゥントゥプ僧院長によって
曼荼羅の周囲にある小さな砂の山を一つ一つ壊し、
順々に中へ入り、中央の砂までを杯に集めます。
次いで、金剛杵でマンダラを囲う枠を崩し、
東西南北、そして四方の対角から中央に向かって杵を入れます。
チベットのベルや太鼓、笛が鳴り響く中、
数名の僧が小さな手ぼうきで砂を集め壺に収めます。
壺の一つは須磨の海へ運ばれ、
祈りと共に砂は海へ還っていきました。

壇はきれいに掃除され、
元々の何もない状態に戻り、
海から戻ってきた僧達がお花を壇に撒きながら供養し、
法要は終りました。

十三回忌という大きな区切りに
この砂曼荼羅法要に参列できたことを
とても有り難く思います。
祈っていてふと思ったのは、
今生きている私たちが
いのちを輝かせて生きることが、
とても大切な供養となるのではないか
ということです。

砂曼荼羅を観ていると、
もうどこにも手を加えることができないような
完成された美しさに心を打たれると同時に、
風が吹くだけで一瞬で無に帰すような
晴れ晴れとした感覚があり、
私たち人間にとっての自然とは、
このようなものかもしれないなあとふと思いました。

緻密な設計図に沿って細心の注意を払い
全霊を込めて作り上げていく砂曼荼羅は
まさに超一級の美術作品。
そして、私たちが今ここで生きていることも、
同様に自分の設計図に沿って
全霊を込めて生きてきた
ピカピカに輝いている作品のような気がするのです。

私の人生が、そのまま私の曼荼羅。
全てが一瞬にして無くなるようでいて、
内に込められた何かが永続していくような気がします。

砂曼荼羅のスライドショーはこちら

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気功の学校・気楽編 十四 

三冊目の本を書き始めています。
出産、育児、教育。ここに光をあてる本です。

大正十年の七月
『懺悔の生活』という本が春秋社から出版され、
一年で百二十刷を数える大ベストセラーとなりました。
春秋社社長の神田明さんとお会いした時に、そのことを伺ってみると、
当時の印刷技術の問題もあったようですが、当時の資料を見ると
毎日毎日刷り直していてるような状態だったそうです。

『懺悔の生活』は、
一燈園生活を始めた西田天香さんの始めての著作で、
奪い合い争い合う元になるようなことをせず、
また、何一つ自分のものだとしないという一人の人間の生き様が、
第一次大戦以後の激動の時代に多くの人々に感動と示唆を与えたのです。

「無所有」とか「無一物」だとかいうと、
そんなことはできないと思いがちですが、
天香さんはそれを実際にスラッとやってみせてくれるわけで、
その事実は認めない訳にはいかない。
そして認めてしまうと何かフッと楽になるものがある。
それは生命が元々自由を欲しているからではないでしょうか。

天香さんの言葉の中で
「無一物中無尽蔵」
というのは私の大のお気に入りです。
これは気功で
「人天合一」
と言っている境地ととても近いものだと感じています。

「私の〜」という意識が徹底的にゼロに近づいていくと、
そこに無限に広がる世界、
全てが分かれることなくつながりあっている世界が展開しだすのです。
大自然の働きとひとつになり、
宇宙全体を動かしている摂理の、絶妙な働きが自在に引き出されてくる。
こうした状態が気功の目指すところですが、
それは誰もが一度は体験していることです。
そう、生まれたばかりの赤ちゃんには自分という特別な意識はなく、
ただ本能のままに生活しています。
手付かずの原初の自然がそこにそのままあるわけです。
子どもに還り、赤ちゃんに還り、先天に還る。
そこが気功の原点であることは疑う余地がありません。

長浜にある天香さんの生家は、作りの良い閑静なお家でした。
そこから歩いて一五分ほどのところに芙蓉の花で有名な舎那院の愛染堂があります。
天香さんが三日三晩断食して、
ただその縁側に座していたとき、
ふと聞こえてきたのは赤ちゃんの泣き声でした。
その赤ちゃんの泣き声を聴いて霊覚を得て、
天香さんは、ゼロからの全く新しい人生を歩み始めるのです。

私も天香さんにあやかって、その縁側にちょっと座ってみました。
これといった霊覚はありませんでしたが、
緑が目に染みて、何かとても落ち着いた心持ちがしました。
しかし、考えれば考えるほど不思議な因縁です。
出産を機とした野口整体との出会い、
気功協会設立のタイミングでの一燈園との出会い、
天香さんのベストセラーを世に送りだした春秋社から本を出すこと。
そうそう、編集も若手のホープにバトンタッチです。

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気功の学校・氣楽編 十三

約三百年もの間平和が続いた江戸時代。
物質的に見れば現代と比べて決して豊かとは思えませんが、
当時日本を訪れた外国人の記録をひもとくと、
「地上の楽園」とまで賛美される
幸福感に満ちた庶民の生活がそこに見てとれます。

渡辺京二さんの著作『逝きし世の面影』(平凡社)を最近読みましたが、
例えば黒船に乗って開国を迫ったペリーが下田に立ち寄った時に
「人々は幸福で満足そう」と述べていて、
明治初期までに日本を訪れた外国人識者の記述が共通して、
日本の庶民のあまりの明るさと親切さにびっくりしていること、
そして将来西欧文明がこの国にもたらすだろう混乱を予見していることは
とても面白く思いました。

当時の世界各国の中でも、
庶民の最下層にまで行き渡っていた
あふれるような微笑みと思いやりは他にあまり例がなく、
その見るからに幸福そうな生活の上に新しい文明を持ち込むことに
罪悪感さえも持っていたことはあまり知られていませんでした。

私はこの本を読んで、
「あ〜、何も難しいことはないんだな」と直感しました。

『うごいてやすむ 幸福になる気功』(春秋社)を書いてからは、
「気功の目的は生活の幸福です」とあたりまえのように言うことが多くなりましたが、
その「生活の幸福」は
既に百年以上前の日本中に蔓延していたというのですから、話しが早い。
たかだか百年分の時間を遡ることで、
私たちは幸福な生活と確実にめぐりあうのです。

さらに、物質的な豊かさは十二分にあり、
また情報は瞬時に行き交うようになっている。
これはむしろ好条件です。

また、いろんなところで問題が表面化していることも、
時代の変化の兆しと見ることができるように私は思います。

もちろん課題もあります。
渡辺さんは前出の著作の中で
「私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、
人間の生存をできうる限り気持ちよいものにしようとする合意と
それにもとづく工夫によって成り立っていたという事実だ」
と述べていますが、
まさにこの事実に立ち戻るということがキーポイントなのです。

二〇〇四年の夏に、南風楽天という食堂で
「夢のプロジェクト」という「投げ銭」企画があったことをふと思いだしました。
ヱビスの生を片手に、気功協会、氣道協会それぞれの夢を語り合うという
不思議な設定の楽しい催しでした。
「投げ銭」と言っても銭形平次みたいなのではなくて、
帽子なんかを回して観客は自分でこれぐらい思う額のお金を声援として入れるのです。
とりたてて目立った企画ではなかっただけに、
意識から消え去るのも早く、
ストンと潜在意識に落ちていたようです。

最近になってあちこちでひょっこり顔を出します。
そうそう、1杯の生ビールを
とことん美味しく飲もうとする氣道協会の創意工夫に、
私は脱帽した記憶があります。 

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気功の学校・気楽編 12

Photo


今、営業をしています。
京阪神の大きな書店を自分の足でまわり、
フロアの担当者と名刺交換をして、
気功協会で作ったオリジナルしおりを
レジ横に置いてもらっています。

しおりの柄は4種類。
ピンク色と、ふわふわした白(メレンゲ)色の2色。
『うごいてやすむ』(春秋社)の売れ具合を確認しながら、
前著『気功入門』の在庫もチェックして、
品切れなら追加の発注をかけてもらうよう
お願いしています。

会員さんからも、どこどこの書店に何冊あった、という
情報が入ってくるので、
在庫過少になれば春秋社の営業さんに電話して、
プッシュしてもらっています。
こうした営業の成果もあって、
関西では特に良く回転しているようです。

NPOは営業をしないものと誤解されやすいのですが、
NPOにこそ営業はなくてはならないものです。
 「市民が行う自由な社会貢献活動」というのが
NPOの定義です。
つまり、自分たちの利益を越えて、
みんなの役に立つ仕事を自由自在に進めていくことが
NPOの使命なのです。
すると、そこに自ずと積極的な営業活動が生まれてきます。

営業とは文字通り、業を営むことですから、
何もお金の動くことばかりではありません。
かといってお金が動かない訳でもない。

お金は、活動をスムーズにするための潤滑剤。
なければないで動けないことはないが、
動きがとりにくくなる。
また、たくさんあれば良いかと言うとそうでもなく、
ありすぎればまた、お金の処理のための
膨大な作業が運営を悩ませます。

お金のために仕事をするという発想ではなく、
本来やりたいことを自由にしていく。
その中でお金は自然に回っていく、という形が
良いのではないかと思っています。

最近、「Mac Book基金」という募金を募って
最新のノートパソコンを一台購入しました。
旧暦の七夕の日にスタートして、9月の初旬に
満額の約20万円が集まりました。
これはなかなかない、
すごいことだなあと実現してみて思いました。

みなさん信頼を置いて、
このMac Bookから生み出されてくるものに期待をかけている。
それも自分の利益のためではなく、
全体の役に立つもののために心が動き、
それが形となったのです。

私たちが毎年納めている会費も、
何らかの対価を求めるものではなく、
活動を支えるための寄付という扱いになっています。
つまり、会の趣旨に賛同して
公益を支えていこうという有志が
会員(法上の社員)なのです。

でもそれはとても忘れやすいので、
こうして思いが形になってみると、
心にジーンとくるものがあります。

 本も出すだけでは無責任。
この本を必要としている人の手に渡るようにと、
著者(ちょしゃ)の営業活動は止まないのです。

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気功の学校・気楽編 十一

Kamitani300

芦生の森へ行ってきました。
秋分の日と翌日の日曜日の2日間。
天然の森の中で気功をし、
大自然の中にとけ込む密度の高い時間を過ごしました。

宿泊した芦生山の家は、
その森の入り口に建つ、まだ新しい木の香りが漂う
こじんまりした清楚な宿。
手作りの草餅、山菜の佃煮、万願寺唐辛子の天ぷら、
地鶏のすき焼きに生みたての卵と、
食卓に並ぶもののほとんどが、そこで採れた手作りのもの。
森の中をよく歩いておなかがすいているのはもちろんですが、
自然の滋味があって、体が満ち、
ここの食事をいただいただけでも、
来て良かったなあと幸せな気分になります。

切り出した木材を運ぶためにつくられたトロッコ線路。
今はもう使われることはほとんどなく、
気軽な散策コースになっていて、私たちもその中間地点あたりまで、
往復で約3時間ほどの道をまず歩きました。
お天気も良く、由良川の本流に沿って木漏れ日の中をゆったり歩きます。
少し開けたところで河原に下りると、みんなスーッとその場にとけ込んでしまい、
何かとても静かな、そこだけ時間が止まっているような感じでした。

ハッと息を飲むような自然の美しさと精緻さがそこにあり、
また同時に、その自然の豊かさを感じ取る体の働きがそこにあります。

「自然は素晴らしい」とは、お題目のようによく言われることですが、
自然の素晴らしさ、美しさ、精妙さ、神聖さを
感じ取ることができる感覚が無ければ、
自然の素晴らしさというものはあっても無いようなものです。

私たちの中の感じる力、感受能力があってこそ、
自然は素晴らしい姿を見せてくれます。
そのことを中国気功界の大御所、故劉漢文先生は
「天人合一」ではなく、あえて「人天合一」と表現しました。
自然と一つになるためには、まず自分から。
これが気功の骨格です。

そして、その具体的方法として、
笑い、背骨を動かし、自然な性を働かせ、
意識や目的から心身を解放してゆくのですが、
そのことを「先天に還る」と言います。

体の中の天然が全開になって、とてもスムーズに、
自然界全体と共鳴しながら働いている状態です。

去年歩いた下谷はバスで林道を下り、
樹齢2〜3百年のトチの森や
幹周りが一〇メートルほどもあるカツラの大木のところで気功をし、
上谷の森の中をゆっくりと、
由良川のはじめの一滴が始まるところまで遡っていきました。
どこからともなく水がわき出し、小さな流れが始まるその地点に立った時、
何か柔らかな光に包まれたようでした。

できるだけ要らないものを無くそうと企画した天然の森合宿。
その思いを知ってか知らずか、
森は私たちの感覚に磨きをかけ、
まるごとの先天の世界へと連れて行ってくれました。

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気功の学校・氣楽編十

Daihouji
この夏、四国と岡山に行ってきました。

石鎚山系、四国随一の渓谷面河渓。
その山岳博物館での特別展を見てきました。

インターネットがとりもつ不思議な縁で、一家四人の四国行きが急遽決定。
道後温泉が近いことが判明し、道後温泉の英国風ホテルをネットで即予約。
電車を取ったのは出発の前日でした。

映画「千と千尋の神隠し」のモデルになったという道後温泉本館の湯は、
マイルドで熱く、浴槽は深い。
雰囲気は古い銭湯そのまま。明治時代の建築です。
湯も雰囲気もなかなか良いのですが、
洗い場のシャンプーの匂いは久しぶりで、なかなか強烈なものでした。

そうそう、食品添加物関係で新しい動きが出てきています。
『食品の裏側〜みんな大好きな食品添加物』という本です。
食品添加物の専門商社の敏腕セールスマンだった著者の安部司さんは、
ある日自分が作ったヒット商品のミートボールを娘がおいしそうに食べるのを見て、
それだけは食べてはいけないと反射的に皿を取り上げて中身を捨て、
すぐに会社を辞めたのだそうです。

私も大学卒業後は食品会社の研究所に勤務していたので、
添加物で味を操作することは知ってはいましたが、
その渦中にいると、それがあたりまえのこと過ぎて、
疑問を持たなくなってくるのです。
慣れというものはたいへん怖いものだと身をもって思いました。

添加物でいちばん問題になるのは、感覚の麻痺だろうと思います。
著者も、子どもたちの味覚が麻痺して
本来の食文化が失われてしまうことを最も危惧していますが、
小さい頃から添加物の味になじんでしまうと、
本来の食材の味が分からなくなってしまいます。

グリーンアップルキャンディーの匂いを出すカメムシがいるというのは、
山岳博物館の展示で見てびっくりしたのですが、
不快な匂いが、美味しい匂いと混同されだしたら生命の危機に関わります。

感覚が鈍れば鈍るほどより強い刺激を求めてしまう。
これは、どこまでいってもほんとうの満足がなく、
欲望がふくらんでいく仕組です。
私たちは、本来の自然の感覚を取り戻し、
その感覚に日々磨きをかけていくことで、
心身ともに充足していきます。

さて、道後から面河までのドライブの途中、
四国八十八ヶ所の第四十四番、大宝寺に休憩がてらお参りしました。
参道に苔むした杉の大木と、山門の大草鞋が印象的でしたが、
毎日毎日たくさんの人が拝んでいる雰囲気と、
茶店のおばさんのほんとうに何気ない親切な接待が心に残りました。
お遍路に通う人の気持ちが少しだけ分かったような気がしました。

帰路は、「乗ってみるとマッチ箱のようだ」と評された坊ちゃん列車に乗り込み、
松山から特急しおかぜに乗り岡山で途中下車。

天真爛漫でダイナミックな作風の絵本作家スズキコージ氏の
ライブペインティングのフィナーレに参加。

道後ビールは美味しかったです。

写真は大宝寺山門。

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気功の学校・気楽編 九

今、二冊目の本を書いています。
順調にゆけば、9月の終り頃には
書店で平積みになっていると想います。

前著『からだの自然が目を覚ます 気功入門』は、
一ヶ月ほどで書き上げましたが、
今回は書き出しから約半年。
温めつづけてきた構想がゆっくり成長し、
花開いたような本になりました。

現時点でタイトルが未定なのが残念ですが、
私の希望はメインタイトルが『うごいてやすむ』。
サブタイトルが『幸福になる気功』。
前作と同じく春秋社から出ます。

前回の本作りでは、
編集者の方と、FAXの激しいやりとりがあり、
終盤はレイアウトをめぐる巻物合戦となりました。
その反省から、
今回はパソコンでレイアウト見本まで創ることになりました。

約百五十ページ分の文章とにらめっこしては、
「はぁ〜なるほど!」とうなずいていたり、
「そのとおりだなあ」とジーンときたり、
第一番目の読者を楽しんでいる自分を発見したりします。

今回の本は、その読者として特におすすめしたい本です。
読んでいると、
人間として、今、生きていることのうれしさがあふれてくるようで、
とても勇気づけられました。

著者としてのおすすめは、
「うごいてやすむ」という、
あたりまえの自然の原理で全てが整理されているところです。

心と体のことを学んでいると、
学べば学ぶほどみんなそれぞれ言っていることが違って、
「どれが本当なの?」と悩む時期があります。

私もずいぶん色々と考えさせられました。
気功は俗に三千流派と言われるほどたくさんの気功があり、
先生によって言うことがまちまちだったり、
また同じ先生についていても、習うたびに中身が変わったりして、
右往左往していたのです。

転機は一九九九年末〜二〇〇〇年初め。
禅密功創始者劉漢文先生との出会い、
氣道の長谷川淨潤先生との出会いは、
共に新生「気功協会」の誕生になくてはならないものでした。

シンプルであたりまえの自然の原理。このゆるがないもの。
ていねいな人間観察に裏打ちされた、古今心身技法の集大成。この信頼できるもの。

二〇〇〇年五月。
私たちがとてもシンプルに「気功協会」という名前でスタートしたのは、
各派各様の気功を超えての「気功」を直覚したからです。

目的は「自然感覚の復興」。
これは、一人一人の自立を意味しています。
本来の感覚が高まれば、誰もが自分で道を開いてゆけるのです。

今回の本は、
「その、自然の感覚を、いかにやさしく身につけるか」
という視点で、つづられています。

細かい技術や型を超えた向こう側にある、
ありのままの自然の流れの中に飛び込んでゆく。
そんな本になりました。

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気功の学校・氣楽編八

二十一世紀は
NPOとインターネットとに代表される世紀
になるのではないかと踏んでいます。
両者に共通しているのは何だと思いますか。
それは、市民の自由で主体的な動きだということです。

NPO法は阪神淡路大震災でのNPOの活発な働ききから、
自由な社会貢献活動を行う市民グループに
法人格を与えようということで生まれた法律です。
市民というのは「シチズン」で、
いわゆる自分で主体的に判断できる自立した人たちを指し、
そのことがとても重要だということで、
初めは「市民活動法案」として辻元清美議員から国会に提出されていました。
ところが、この「市民」という言葉が
日本語になじまないとかいうよくわからない理由で、
「市民」という言葉がNPO法からなくなりかけていました。
ところがあります。一ヶ所だけ。NPO法をよくながめてみて下さい。
「市民が行う自由な社会貢献活動」と書いてあります。
この一文があるからこそ私達はNPO法人として活動しているのです。

大切なのは「自由」です。
「みんなのためにこうしたらいいな」ということを
どんどんやって良いということがここでは保証されています。
これは当たり前のことのようでいて、今までにない画期的なことなのです。
どんなに大切だと思うことでも、
そこに主体性がない場合には、なかなか良い結果を生まないものです。
ところが公的な事業には制約が多く、
好きでやっていても嫌になることが多かったのではないかと思います。
また一方に自由資本主義に基づく市場競争がありますが、
利潤追求のため、あるいは不利潤回避のために
膨大な資源、時間、情報が無駄に使われていて、
あまりうまく回転しているようには見えません。

みんながお互いの力を自由に出し合うという新しい仕組みが必要で、
それがNPOなのです。

では、インターネットはどうでしょう。
悪質なサイトもあるし迷惑メール等に悩まされることも当然ありますが、
全般的に見ると「天然の善意」に満ちています。
インターネットは誰もが自由に興味のあることを検索しアクセスできる面と、
誰もが自分が伝えたいことを自由に公開できるという
ダブルの自由度を持っています。

ネット上では、「伝えたい」と「知りたい」が
お金を媒介せずに純粋に出会うことができるのです。
これも大変画期的なことです。

私達がインターネットを中心とした
情報事業に力を入れているのはそのためです。

誰もが健康で幸福な暮らしを望んでいるのですから、
本当に大切な知恵や技術はどんどん出し合い、
みんなが健康で、みんなが幸福な社会を創ってゆきたいものです。

世の中全体を変えてゆくだけの潜在力を
「私達が持っている」ということに、
気づく必要があるのではないでしょうか。

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気功の学校・気楽編 七

仕事場や居住空間のデザインは快適なものが良いですね。
気功協会では環境費という予算科目をつくって、
より快適な仕事空間にしていくことを常に心がけています。

快適な空間づくりのために、まず初めに手がけたことは、
不要品を減らすことでした。
過去の団体から引き継いだ10年間分の活動資料のうち、
将来見る可能性の無いものを減らすだけで、
軽トラック二台分はあったと思います。
部屋一つをまるごと占有していましたから、
分類し捨てることは大変な作業でしたが、本当にすっきりしました。
そして、畳の部屋を占有していた重たいスチールデスクとキャビネットを一掃。
京間十二畳の広間プラス広い縁側がよみがえり、
床の間が床の間として機能していることに大きな感動を覚えました。

次に取りかかったのが台所の改装。
ファイルサイズに合わせて大きな白木の棚を作り、
棚の下に木製の机をはめこみました。
ツーバイフォー工法で使われるSPF材は、
38ミリと、しっかり厚みがある上に
規格をそろえるために表面も軽くカンナがけされていて、
素人でも容易に扱える便利な木材です。
大きなホームセンターなら木材のカットもしてくれるので、
電動のドリルドライバーが一つあれば大きな棚も自分で簡単に作れます。 

続いて、パソコン周り。
情報の発信、受信、執筆、編集、ムービー制作、会計処理、データベースなど、
考えてみると多くの仕事がコンピューターに支えられていて、
作業時間も大きいことに気付きます。
それなら、パソコン周りが快適になれば仕事も効率良く進み、
さらに積極的に社会貢献をしてゆけるはずです。
結果はまさに予想通り。
シンプルな木製のラックに並ぶ、3台のMacは、
上等なインテリアのようで、部屋の雰囲気が一遍に変わりました。
もう一つ重要なことはしっかりアースをとること。
こちらは目に見えない電磁波を大地へと逃がします。
電磁波が人体に与える影響は意外と大きなものです。
日本の家庭用電圧は一〇〇ボルトと低いので、電流量が大きく、
諸外国に比べて電磁波の影響が深刻な割に対策が遅れています。
特に直接触れて作業するパソコンの電磁波対策は大切ですが、
アースという原始的な方法はかなり有効です。
仕事場も自宅も、埋炭と言って、
地下に穴を掘って200キロほどの粉炭を固めて埋めてあるので、