朱剛さんが、
この「気功生活のすすめ」の執筆をされているのを知ったのは、
去年のお盆の時に、東京を訪ねた折りでした。
この時のメインの目的は、
氣道主催の整体法修得講座に参加することでしたが、
なかなかない東京滞在だったので、
春秋社の編集の方と初めてお会いして、
「気功入門」の執筆に関する打ち合わせをすることを決め、
また、朱剛さんの東京の教室にご挨拶に伺うことにしたのでした。
結果、この3日間の収穫は私にとっても、
気功協会全体にとってもとても大きなものでした。
「気功入門」出版はその最も分かりやすい収穫です。
これは、今までにない、大きなインパクトをあたえる気功の本でした。
今までにないというのは、
気功のとらえ方そのものです。
そして、氣道で整体法を学んだことも、
朱剛さんとこの時期にゆっくりお話が出来たことも、
同様に気功そのものを根底から再構築する大きな力となっています。
禅密気功の初代伝人、劉漢文先生がお亡くなりになったのが、
去年の6月20日。
この時期に、
朱剛さんは、「気功生活のすすめ」をほぼ書き上げて入稿。
初版はちょうど一年前の2004年10月11日になっていて、
一歳の誕生日を迎えるところです。
「気功入門」は、お盆に編集の方と初顔合わせしてから、
しばらくして、正式に執筆依頼を頂き、
9月から執筆を始め、約1ヶ月ほどで入稿。
初版は2004年12月20日です。
「気功入門」の後書きにも書きましたが、
私は、自分が原稿を書いているという気がしないのです。
魂の深いところから、出てくる言葉に従っているというのか、
何ものかに書かされているというのか、
何とも表現しにくいのですが、そういった感じなのです。
朱剛さんもおそらく、
そうした感覚を持って
「気功生活のすすめ」を執筆されたのではないかと想像しています。
この本を読むと、
禅密気功という一つの気功の流れからひもといていながら、
一流派という枠を大きく超えてほとばしり出るものがあり、
大自然の基本原理へと、
本流が向かっているように思えるのです。
一方、「気功入門」は、
多次元の枠組から、多くの支流が集まっていくように、
大自然の基本原理へと流れ込んでいきます。
そして、もうすでに、その基本原理は、確固としてそこにあることを前提に、
様々なものごとがやさしくひもとかれていくのです。
多くの支流があるなかでも、源流となる中心の流れがありますが、
その本流は間違いなく禅密功なのです。
この2冊の本は、劉漢文さんの
この世への置き土産とでも言うべきものかもしれないと思っています。
さて、
本題の「気功生活のすすめ」の
中身については、明日の講座および、
その講座レポートでお伝えしていくことになるでしょう。
お楽しみに。
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