オバマ大統領就任に想う 自由と責任

すばらしい就任演説でした。

人間がお互いを想い、助け合い、
全力で理想に向かって歩んでいく方向を
全米のほとんどの国民の心に深く焼き付けた演説であったことは確かで、
世界を現実に動かす、とても大きな力となっていることは、
評論家や専門家がなんと言おうと、もう疑う余地がありません。

Asahi.comで就任演説の原文和訳を見ることができます。


オバマ大統領は、

What is required of us now is a new era of responsibility
「今私たちに求められているのは、新たな責任の時代だ。」

と、「責任」ということをはっきりと言っています。
そして、「責任」は「自由」と表裏一体の関係にあります。

2009年の「気功の学校」のレッスンが
1/12からスタートしていますが、
受講生からも積極的な質問メールが多く、
そのやり取りの中から、
自由と責任について私が書いたものを転載しておきましょう。


自由と責任

自由と責任はワンセットです。
責任のない自由はありません。
自由のない責任もありません。

例えば、責任のある仕事を任せられた場合には、
結果をださなければならないという大変な面もあるけれども、
自己裁量で自由にできる部分も同時にあります。
そして責任のない、言われた通りにする仕事よりも、
自由で責任のある仕事の方がやりがいがあることが多いものです。

さて、本題のご質問に戻りましょう。
「相手の責任にしたとたんにせっかくの縁を絶ってしまう。
というお話しがありましたが、それはどうしてですか?」
というご質問ですね。

相手の責任にする。
それは、自分の自由を放棄することです。
目の前の出来事に本来善悪はないのですが、
仮に、悪いと思えるようなことがおこり、
その原因が相手に10中8、9あったと感じたとしましょう。
そして、「これはあなたのせいだからなんとかして」と告げたとします。
ここで、あなたはその方との間に生じた縁に抵抗し
その縁から生じる大きな自由を手放したことになります。

少し話を変えましょう。
例えば、重い病気になり入院したとします。
病気も本来必要に応じて生じる体の反応ですが、
そこで、「先生なんとかしてください。私の病気を治してください」と医師に告げたとします。
ここで、あなたは医者に自分のいのちを預け、
病気との縁に抵抗し
その病気のために得られるであろう心身の自由を手放したことになります。

私たちは様々なことを相手のせいにして、
いったい何を守ろうとしているのでしょうか。
何がこわいのでしょうか。
そして、同時になぜ相手を威嚇して、こわがらせるのでしょうか。

生命は自ら変化し続けているものですから、
安定不変ということは死を意味します。

ところが、私たちにはなぜか
その安定不変というものを求めやすい風習があります。
「せっかくのものをだいなしにした」と相手の責任にするのがそれです。
自分の感じた恐怖を、他人に転嫁しているわけです。
何のプレッシャーも与えることなく、
相手が自分から詫びようとする場合には話は別ですが、
相手に謝罪させ、何らかの責任をとってもらうということは、
戦争や侵略の構造とまったく同じものです。
つまり力でもって、相手を痛めつけ、封じ込めようとしているのです。
私はあなたのせいでこんなに不利益を受けたのだから、
当然あなたも同じように不利益を受け、私と同じ苦しみを味わうべきですと。
これは、一見正当に見えますが、
この連鎖構造のままでは、
世の中に増えていくのは苦しみばかりで、
お互いに傷つけ合うことが続いていくことがわかります。

直接相手に言うか言わないかという問題ではありません。
「相手のせいだ」と思っている心自体が、
お互いの自然な関係を不自然に縛り、
自分自身の心身も縛ってしまうのです。

そのことを講座の時に
「相手の責任にすることで、せっかくの縁を絶ってしまう」と
表現したのではないかと思います。

大切なのは、真実をありのままに見ることです。
自分に関係するあらゆることは、
今、ここに存在している自分が責任を持っています。
それは、あらゆることに対して
自由があるということですし、
自分が変わることで、身のまわりの全てが変わる
ということでもあります。

気功の学校では
「自己責任で自己中心」という
ありかたを目指していきます。

それは、
真実をありのままに見ながら、
自分が最も良いように主体的に変化することによって
世の中が適正な方向へ変化していくことを意味します。
これが、縁が正常に働きだし、
幸せが増えていく新しい連鎖構造で、
ありがたいことに、今すぐ誰もが始めることができます。

頭での理解は必ずしも真実の把握にはなりません。
むしろ弊害になる場合もあります。
わからないものはわからなくてもいい。
わかったと思ったら、むしろそのことを疑った方が良いかもしれません。

私の経験としても、
体を通じて理解していくのが近道だと思います。


天野泰司 拝

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高槻市のJR駅前開発のこと

JR高槻市駅の北東部には
ユアサ電池の工場がありましたが、
今は工場がなくなって、駅前の巨大な空き地となっています。

経緯はよくわかりませんが、
駅前のこれだけ大きな空間ですから、
高層マンションや箱物造りが先行するような従来の駅前開発とは一味も二味も違う、
自然と共生し、都市空間に大きなゆとりを創り出すような計画を望みたいところです。

その開発計画について、
知り合いの市会議員さんからのメールで
市が計画資料の縦覧をしていることが分かり、
早速調べてみて、意見書を出しました。

意見書は、こんな感じです。
少しでも夢が形になるといいなあと想っています。

意見書

JR高槻駅北東地区都市開発事業に係る都市計画の変更案について

 縦覧資料を拝見して最も気にかかったのは、都市計画の目標について
「個性的で賑わいと魅力あふれる複合市街地」という表現にとどまり、
どの様な魅力を創りだしていくのかの明確なビジョンと
具体的な誘致施設などの計画が述べられていないままに、
区画整備と道路工事が進められようとしていることです。
これほどの大規模の開発でありながら、コンセプト不在の現在の状況は
至急に再考を要するものと考えられます。

 大きな人口を抱えたベッドタウンでありながら森林資源に恵まれ
比較的駅近くまで森や畑があること、そして
市民活動が盛んで人的資源が豊かなことが高槻市の大きな魅力だと私は常々感じています。
そこで、この駅前のしかも線路に並行した大きな区画の整備については、
大きな入れ物や道路を作ることを考えるよりは
全面的な緑地公園や市民農園として
市民が憩えるエコロジカルな場として整備を進めるのが良策と思われます。

合わせて大規模な無料の駐輪施設、良い自転車を扱う自転車屋さんとレンタサイクルのお店、
ナチュラルな雑貨やフェアトレードを扱うショップ、
お花や植木を扱うお店、オープンテラスの喫茶店、森に囲まれた野外ステージ、
自然環境を守ったり健康づくりを進めるNPOなどを誘致し、
感性豊かで有能なプランナーを間に入れて開発計画を再考すべきだと考えます。

事故の多い弁天踏切に関しては、自転車専用の地下道と歩行者用の遊歩道陸橋を併設し、
地下道はそのまま半地下の駐輪施設につながっているようにすると良いと思います。
建物に関しては、石井修氏や藤森照信氏の建築の例のように、できるだけ自然の景観に溶けこむような建築が望ましいと思います。

魅力ある高槻にするために、至急に検討、再考をよろしくお願いします。
 尚、私の考えるイメージをわかりやすくするために、開発の青写真となるイラスト図を資料として添付しますので、参考にしてください。


Photo

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こどもの日の新月

新月の日に願いを書くと、
とてもかないやすい

ということをどなたかが言い出して、
毎月の習慣にしている人が
少なからずいらっしゃいます。

月の運行は潮の満ち干にもはっきり表れるので、
海をそのまま体内に持っているような
私たちの体(=心)もきっと月の影響を
大きく受けているにちがいありません。

次の新月は
ちょうど2008年5月5日の
こどもの日です。

この日の巡り合わせに、
何か特別なものを感じるのは私一人だけでしょうか。

『生まれて育つ いのちの気功』(春秋社)が
出版され、書店に並び始めました。

Wadainohon

高槻西武の紀伊国屋書店では
新刊・話題の本の棚に表を向いて二列。
その隣には
『うごいてやすむ』
『気功入門』
がならびました。

そして周りに並んでいる本をよく見ると、
『ザ・シークレット』『ザ・キー』『引き寄せの法則』
などの今流行の願望実現本がずらり。

たまたま偶然だとは思うのですが、
妙になじんでいます。

気功の核心は、
心(潜在意識も含めた)を
より好ましい方向へ導くこと。

そのいちばん大切なことが
お産や子育ての中にあると言っても良いでしょう。

こどもの日の『新月てあての会』
その核心を紐解いていきます。

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星に願いを

Tanabata

七月七日に行われた
七夕てあての会で、
短冊に願いを書き
笹に吊るしたものを、
新月の今日
燃やして天に届けました。

台風の影響で雨が降り続いていましたが、
小雨になった夕方に火をつけてると、
風がさっと吹いてきて、
一気に大きな炎になって燃え上がりました。

雲の向こうにある星々に願いは届いたように思います。

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2006年 ゆとりと飛躍!

新年あけましておめでとうございます。

一年間の成果を土台に、気功協会も
また、新たなスタート地点に立ちます。

2006年は、ゆとりと飛躍の年になりそうです。
気功では、ゆとりが力を生み出します。

気功は、潜在力の自覚と発現のプロセスです。
自分の中に元々ある力にまず気付いていくこと、
そして、その力を引き出し、
活用していくことが気功の本質なのです。

新年初講座「新春てあての会」からそのスイッチは入ります。
そして、年間を通じて、その流れはとどまりません。

着実に基礎を押さえ、楽々と楽しみながら、ぐんと実力がついてくる。
そんな講座が展開していくでしょう。

今年もご期待ください。

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