気功と体癖

2009.11/23(祝)
京都山科で「気功と体癖」講座が開催されます。
詳細はこちら

午前、午後の一日の講座の流れの中で体験してもらうのは、
「体癖」の面白さと、できるだけシンプルで簡単な活用方法です。

気功の学校では、

前後
左右
ねじり
上下
開閉

の五つの運動を学んでいきますが、
その五つの運動で
思考や感情などの働きも含めて、
私たち人間がなす全ての心身活動を網羅することができます。

それを野口晴哉さんは
「体癖」としてまとめ、
整体における人間観察の基礎としました。

例えば、前後型5種と言えば、
前後の運動に特徴があるタイプで、呼吸器が丈夫で、
肩や胸がしっかりしていて、
現代的で行動的な感じがパッと思い浮かびます。

また、左右型3種と言えば、
左右の運動に特徴があるタイプで、胃袋が丈夫でよく食べ、
丸みがあるやわらかな印象の体型で、
好き嫌いがはっきりしていて、
カラフルな色づかいを好む、かわいらしい感じが思い浮かびます。


つまり、その人の無意識に行っている運動の癖が、
内臓の機能や体型、
性格や行動、
ものの感じ方や考え方、
などと深く影響し合っているわけです。

そうして、
体癖を知っていくことで変わってくるのは、
ひとりひとりみんな違うんだという人間理解がより具体的になることです。

私とあなたとは違うということは頭では分かっていても、
同じつもりで話をし、生活をしているから
様々な誤解や衝突がおこってくるわけで、
同じことを見たり聞いたりしても、
体癖が違えば全然違ったように感じられることがわかれば、
その食い違いの部分は、ああ、なるほどなあ〜! と
理解できるようになります。

また、その人その人にいちばん適切なものの伝え方があることを知っていれば、
はじめからスムーズにお互いの交流ができる訳ですから、
体癖ということが常識になった頃には、
人間同士の誤解や争いが減り、とても平和で便利な世の中になることでしょう。

ポイントは「やさしさ」にある。
私はそう思います。

整体を何年もかけて勉強しなかったら分からないというようなものとしてではなく
面白そう! とふたを開いたら、
そのとても楽しい人間観察と人間理解の世界にすーっと自然に入っていけるような、
そんな体癖を紹介していきたいと思います。

気功の動きを、体癖と同じ五つの運動として整理したのは、
実はそのあたりのことをねらっています。

できるだけやさしく、
人間というものをトータルに理解していく。
すると、
ふっと心が楽になるものがあり、
人間関係がスムーズに流れ出す。

私たち人間の、
ありのままを見ていく手助けとして、
体癖や気功を学んでいきたいと思います。

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からだの政権交代

今年2009年は大きな変化の年。
アメリカではオバマ氏が大統領に就任。
自民大敗で三党連立の新政権が誕生し、
日本でも本格的政権交代がおこりました。

こうした政治の変化を他人事のように考えている方もまだあるとは思いますが、
政治が変わる時には、同じタイミングで私たちの心身も確実に変化しています。

そして、今回の変化で象徴的なのは、
「Change」「Yes We Can!」「政権交代」などのキャッチフレーズでも分かるように、
私たち自らが「変わる」ということを多くの方が選んだということです。

その意味では、今までの政治の変化とは全く別次元の変化が
今おこりつつあるということで、
そのことに私たちの無意識がリンクしているので、
まだ変化の波に乗り切れていないマスコミの人達ももぼちぼち気づきだすことでしょう。

「気功の学校」では、
自然ということを学んでいきますが、
自然の中で最も大切なことは、常に変化しているということです。
日々の生活の中のことで言えば、
例えば、昼間は起きて活動して、夜は寝て休む
という変化のリズムがあります。
そうした変化がどこかで滞ると、
眠れない、眠たくてやる気がないなど、
不自然な感じになってしまいます。

そうした変化の滞りを自然に戻すために、
いちばん大切なことは、
常に変化し続けている自然の有様を、
そのように見て、感じることが出来るようになることです。

このように言うと、なんだかとても消極的な方法のように思う方もあるかもしれませんが、
このことを実際に体験してもらうと、たぶんその力の大きさにびっくりされると思います。

ただ変われば良いのではなく、
自然の流れを感じて、その通りに動いていくのと、
ただ当てずっぽうに新しい何かをするのとでは天と地ほどの開きがあります。
だから、まず心身を十分にゆるめて、感覚を高めることをしていきます。
すると、自分だけでなく全体が大きな一つの流れの中にあることに気づきます。
そして、その大きな流れの中で自分が果たす役割が見えてくるのです。

役割と言うと負担に思う方もあるかもしれませんが、
「私」にぴったりな役割を見つけて、その実現のために動いていくことほど
楽しくて面白いものは他にありません。

たいていこれが私の役と頭で決めてしまっていて、
本当にやりたいことが見えなくなっているんですね。

ですから、変化をすっと受け入れることは
幸せに大きく近づくこと。

そして今、
大多数の人がその本流に気づき始めています。


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秋の京都で穴追いライブ

心を整えるシンプルな方法の一つに「穴追い」があります。
今週末に開催される「穴追いライブ in 永運院」。
その前情報をお伝えします。

日時は、2008年11月9日(日)13:30〜17:00
会場は、京都・永運院
詳細は講座案内をご覧ください。

今回の穴追いライブには、時代の変化を促すような何かがあるような気がします。

永運院を初めて使わせていただいたのは、前身の関西気功協会の時代で、
「気功と整体」というタイトルで、岡島瑞徳先生をお招きした時でした。
その岡島先生はつい先日他界され、喪主が脚本家の田淵久美子さんであったことから、
大きな話題になったことはご存知の方も多いと思います。
岡島先生は、今のように整体協会が穴追いの大会を開くようになる随分前から、
毎年穴追い大会を開いていて、その独特の不思議な語感に、
私も、「穴追いってなんだろう?」と素朴な疑問を長いこと持っていました。
整体協会が穴追いを大きく取り上げ始めた頃と前後して、
約3年前から、気功協会でも独自に「穴追い」に取り組み始め、
回を重ねるごとに、一回の穴追いの持つ効果と意味が
だんだん大きくなって来ているように思います。

ぽかんとしたまま、力を抜いて、
指で穴や溝になっているところを順々にたどっていくという
ただそれだけのことなのですが、
体中の力がストンと抜けてしまうみたいに、とことんゆるみ、
心も魂も洗われていくような独特の感覚は、
無意識の深い深いところ、自分を越えて存在している何かにまで
影響が及んでいるような気がしています。

アメリカの名門投資銀行、リーマンブラザーズの破綻。
北京オリンピック以降もなんの進展も見えないチベット情勢。
相次いで検出される食品からの有毒物質。
それらは、私たち一人一人の無意識と無関係ではないと思うのです。

私が、私自身に戻る。
穴追いの大きな目的はそこにあると私は思います。

ぼちぼち紅葉も色づきはじめています。
秋の京都で、みなさんのお越しをお待ちしています。

天野泰司 拝

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「愚か者の誓い」が明るみになったことの意味

足立区立中学校の2年の学年主任をしていた教諭が、忘れ物をした生徒に対して、「愚か者の誓い」というタイトルで反省文を書かせていたことが、10/31に明らかになったという。この事件のことを耳にして、人間の心の進歩を促す意味で、象徴的な出来事だと思った。「愚か者の誓い」が明るみになったことの意味を考えておきたい。

「愚か者の誓い」のプリントは、ニュースサイト等で実際の画像を見ることができ、
およそ、以下のような形式になっている。
------------------------------------------------
愚か者の誓い
私は、愚かにも(    )を忘れました。
「私が愚かでした。もう○○○を忘れません」を7回書く。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
------------------------------------------------

4年ほど前から行っていたそうだが、その4年間に、このプリントを書かせ続けていたことが黙認されてきたということは、生徒も、同僚の先生方も、保護者もそのことをあるていど教育上仕方のないこととして我慢し黙認して来たと言えるだろう。

そうした意味で、単にある一教諭の責任として何らかの処分をして片付けてしまうような問題ではなく、人間が自分や相手の心をどのようにして好ましい方向にリードしていくことが出来るのかということを、教育界全体、あるいは社会全体として考えるきっかけとして浮かび上がって来た事件だと言えるのではないだろうか。

まず、このプリントが生徒に及ぼす効果を分析してみたい。

忘れ物をしてしまった!
そのことに気づいた時点で、本当にそれが大変なことであると分かっていれば、誰しも自責の念が生じる。それは、思春期の透明で壊れやすい感受性からすれば、感覚が鈍って来ている大人の想像を遥かに上回る感情の動きがあるということが、まず第1に重要な事実である。

そして、次に忘れ物をした生徒は、強制的に「誓い」を書かされることになる。「いやだ」という、どうしようもない大きな感情を伴いながら先生に提出する。すると心の中にはどのような影響が残るのかということを心理学的に考えてみよう。

あまりにも大きな不快感のために、自責の念が消える。
そして心の中に、「私は愚か」「○○○を忘れる」ということが強烈な不快感とリンクした形で深く刻み込まれることになる。またその結果として予想される反応は、人間の心の働きから推察するとおよそ以下のようなものである。
・主体的な行為ができなくなる。
・自分で自分の過ちを正せなくなる。
・無意識に劣等感を持つようになり、生きていくことを苦痛に感じるようになる。
・愚か者だから忘れ物をしてあたりまえと無意識に思いこんでしまう。
・気をつけているつもりなのに、同じものを忘れてしまう。

もし、こうした効果まで予測出来ていたとしたら、良識ある教師がこのような稚拙な過ちを犯すはずはなく、「心の仕組みや働きに対する無知」が本当の問題だということが分かるだろう。程度の差こそあれ、同様の過ちは日常的に多くあり、私たちは、心のことをもっとよく知る必要があるといえる。

では、忘れ物をしてきた生徒に対してどのような対応をするのが適切か。
最も重要なことは、忘れ物をしたことがなぜいけないことで、そのことでどのような不都合なことが生じるのかを、生徒が自ら気づく機会を適切に与えることだろう。その「自ら気づく」ことを引き出すことが本来の教育であるが、教師は日々の多忙さに翻弄され、そのための経験知が教育現場から消えてしまったようにも思える。そこで、原点に立ち返って、人間の心を成長させるために、どのような叱り方、褒め方をするのが適切なのかを考えてみよう。

 悪い行いをただ「悪い」「いけない」と指摘するだけなら誰でも簡単に出来る。しかし、それだけでは相手をその悪い状態に縛り付けることはできても、相手を変える力にはならない。そこで、必要になるのが無意識、(=潜在意識)へのアプローチの方法である。野口晴哉氏は著書『叱り方褒め方』(全生社)の中で、潜在意識の側から子どもたちの指導法を説いている。的外れな褒め方をしていると、大人が甘く見られ、子どもがわがままになる。一番痛い傷口を直接叩かれれば誰でも反射的に防衛的になり、逆らうようになる。だから「褒める時は的を射る」「叱る時は的を少しずらす」のだという。感情的に怒ったり、大声を張り上げたり、拳を振り上げたりすること、あるいは、相手に強烈な不快感や劣等感を与えることは、叱ることとは全く別物だ。「一番重要なことに自分で気づかせる」ことが大切なのだから、心の中から改めようという気持ちが自然に湧きおこってくるためのヒントを出すようなアプローチが必要だ。そうした叱り方ができるためには、心の余裕と冷静かつ的確な判断力が求められるであろう。また、褒めるべきことをピタッと褒めるということも、的確な観察力と集中力が伴わなければ、なかなかできることではない。晴哉氏が求めるのは、そうして大人たちが自分の感性や能力を研ぎすましていくことなのだが、普通の読者にとっては、提示されたハードルが高すぎて、現状に甘んじてしまう人が多かったのではないかと思う。

今、私たちに必要なのは、少しずつでも、確実に学んでいける心の舵取りの方法ではないか。そう考えた時に、一番に思い浮かぶのは、一人一人の夢を実現させていくための潜在意識の活用方法である。例えば、そのようになって欲しいことを、過去形で「○○になりました」と書いておくと、実際にその書いた通りになるということが、かなりの高確率で起こる。その仕組みは、「書いた」という行為が、すでにそのことが叶っているという暗示になっているからであり、過去形で書くことでさらにその暗示が強調されることになるからだ。
ここで本題に戻って、「誓い」を読み返してみてもらいたい。最も強調されて心に残るのは、「愚か者の誓い」というタイトルだろう。その次に「私は愚か者です。」という書き出しのフレーズ。これでは、愚かになるという望みを叶えるための方法になってしまうことが分かると思う。救いがあるのは、くり返し書かせていることで、くり返すことで感覚は鈍るので多少効力は薄まることになる。もし忘れ物を防ぐためであれば。「忘れると不便だから、今メモして忘れておきなさい。そうすると今度それが必要な時にはちゃんと持って来ているかもしれないね」という指導であれば、そこそこの成果は上がってくるだろう。心の余分な抵抗がなくスムーズに受け入れられるようにして、潜在意識の中に必要なことを伝えていく。そうした工夫なら、誰でもある程度慣れてくると自然に出来るようになるものだ。

気功協会で気功をする時には、こうした無意識の働きをできるだけ活用するように工夫していて、なかなかの成果を上げている。従来10年、20年気功を学んでやっと分かってくるような大切なことが、1年ほどである程度身につくところまで来ている。
私は、こうした方法をいわば専売特許にしお金稼ぎのためのノウハウやにするのではなく、できるだけ広く公開して活用したいと思っている。誰もが、心と体の自然の仕組みや働きについて学ぶ機会を持てば、社会全体に大きな波及効果があり、幸せな人が確実に増えていくと思うからである。

11月に入って、福岡県の糸島で開催された、気功愛好者の交流合宿「気脈の会・伊都国」に参加して来た。邪馬台国に関係する遺跡や、海、山の自然にふれ、また、生後1ヶ月の赤ちゃん、89才のとてもお元気なおじいちゃんとふれあう中で、自分の中に、何か新しくて懐かしいような感覚が生じて来た。枝葉として生じて来た幻惑に惑わされず、大元の原点に戻って新しい気持ちでやり直す。そんな時代にさしかかったことを、この事件は伝えているのではないだろうか。

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こころを和らげる

明日は取材の予定があります。

「心をやわらげる気功」
というのがテーマです。

気功をして、体がゆるんでくると、
心も和らいでしまうので、
特別に「心を和らげる気功」というものが
ある訳ではないのですが、
一般には、まだまだ、
心と体とを別々に考えているところがあるので、
体から心へのアプローチとして、
できるだけ簡単な、
だれでも自然にやっているようなことを
紹介してみたいと思っています。

例えば、
落ち込んだり
がっかりした時には
ふーっとため息をつきます。
そして、ため息をつくことで、
逆境を受け入れる心の余裕も出てくるものです。
特に小さな子どもであれば、
感情を素直に表現して、
泣いたり笑ったりしていれば、
内にこもるようなこともなく、
さっとその時のことを昇華することができます。

大人になると
いろいろな経験や考えが入ってくるので、
子どもの時のように、素直に感情が表にだせなくなりがちです。

そこで、あらためて感情表現を少しオーバーなぐらいに
やってみると、すごくほぐれることがあります。

気功教室で時々やるのが
イヤイヤ。
駄々をこねるみたいにいい加減に腕をふって
体をゆらし、適当に声も出します。
近所迷惑でなければ、結構大きな声を出してかまいません。
ア〜、イヤだ〜。と
何でもいいのですが、それを大げさに表現してしまうと、
心がとてもスッキリします。
そこで、ふと
「あー、スッキリした!」と
自分に聞こえる程度につぶやいておきます。

息を吐きながら胸をなでおろす。
というのも、教室でよく使います。
吐く息に沿って体がゆるみ、心が何だか楽になります。

笑うのもいいですね。
笑う気功というのが実際にあって、
大笑いするのですが、
大勢で集まって大笑いすると、
肚の底からスッキリして、
晴れ晴れとした気持になります。

簡単にできることは、
まだいろいろあるので、
機会があれば、まとめてみようと思います。

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秋冬の健康は頭のてあてから

9/18(月・祝)に
感覚を磨く「てあて」講座
第一回目が行われます。

一般にはあまり知られていませんが、
秋の重要な健康法に「頭のてあて」があります。

整体では、頭部の穴追い操法と呼んでいるもので、
頭の角の生える部分から穴を追うように気の流れに沿って
ただ順々に指で追いかけてゆくだけの簡単な心身調整法です。

この簡単な「頭のてあて」だけで、
心身の様々な異常が正常になるだけでなく、
てあてする側もされる側も気の感覚が
どんどん磨かれてくるので、

秋に入ったら「頭のてあて」を! と、
9月、10月のベストシーズンに、
2回の集中プログラムを組みました。

秋冬の健康管理に、
体質改善に、
心身の働きをスムーズにするために、
そして、気の感覚を楽々と磨くために、
「頭のてあて」をご活用下さい。

2回の講座で、
初歩から順に深め、
自分のものにしてください。

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活点

台風1号の影響でか、高槻も少し雨あしが強くなってきました。

気象の変動と体の変調とはとても大きな関係があります。
現在、喉、それから呼吸器に影響が出ている人が多い様です。
喉が痛む方には足湯。
咳が出たり、呼吸が苦しい方には、
呼吸活点の温法をおすすめします。


明日5/20(土)は「てあて入門」の第二回目。

野口晴哉氏が創始した整体法は、
「てあて」を体系化した技術と言えますが、
第一回目の中心は技術以前の気と心のことを中心に、
「てあて」を深め、その本質を体験しました。

二回目のテーマは処です。

整体法を創る過程で、晴哉氏は、
当時の療術界のトップに立って、
あらゆる手技療法を徹底的に検証し直し、
整体操法を体系化します。
その操法点の中でも特に重要な処、
体を活かすポイントのことを「活点」と言います。

整体の心をつかんだら、どの部分に気を集中するかが次のプロセス。
活点を学ぶことで、具体的に様々な体の調整ができるようになります。

整体の神髄・野口晴哉の世界、活点特集をお楽しみに。

※講座は、数名空きがあります。

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5周年総会

Sokai
NPO法人気功協会総会の5周年総会。
高槻西武6F多目的ホールを会場に
参加者は60名を越え、
ゴールデンウィーク最終日にふさわしい
大きな転換点となるイベントでした。

写真は講演中の加藤清先生。
「気は心」の話は
不思議な展開となり、とても面白かったです。
内容は会報『気功生活』で紹介する予定です。

私が担当した
気功の学校・アニバーサリーのレッスンは、
久々に少し上がりました。
「自ら主体的にもうひとつ動いていく」ということと、
「物質中心のレールから、本来の生命のレールに切り替える」
という話をつなげたかったのですが、今回は時間切れでした。

こちらは、次の本が出るのを楽しみにしていてください。
総会の後にお茶を飲みながら、
加藤先生からとても大きなヒントをいただきました。

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日舞稽古

子どもたちの日舞の稽古に同席した。

動作、
イメージ、
呼吸、
間、
視線、
空気、
風、
重心、
足の運び、
腰、
背中、
肩、
持ち手、
集中しながら余分な思考を停止させる、
心の安定。

要所要所に的確な指示。
見事だった。

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変化のきざし

今日はいつにないことがいろいろとおこり、
変化のきざしの多い日だった。

1.朝事務所に行くと、たまたま子供会の回収。
たまっていた段ボール、古紙などをちょうど良いタイミングで出すことができた。

2.今日の講習会場の西武につくと、ちょうど西武の担当の方とお会いでき、
好評なこと、次の企画の話などができた。

3.会場の時計が、ちょうど講座開始30分前で止まった。

4.BGM用に持っていったiPodが動かなくなった。(後で動いた)

5.会場のゴミを拾っていたら、爪の間にトゲがささった。

6.録音用に持っていったMDレコーダーが、
何度録音ボタンを押しても、すぐパチンと止まってしまった。

7.子どもの学校用のかばんの肩ひもが、切れた。

まだあった。
8.電話が不通になった。(翌朝に回復)

9.翌4日の講習終了間際に、JR塚本駅で落雷。

何かが変わろうとしている。
古いものから、新しいものへと、変化していく。
何がどう変わっていくのか、心を集めて、感じ取っていきたい。

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