気功の学校・修学旅行〜霧島

今年の「気功の学校」、春に恒例になった修学旅行
霧島・旅行人山荘で行いました。

少人数で、温泉。森でてあて、霧島神宮古宮址、千里が滝。
いい場所ををめぐり、とてもリラックスした最高の修学旅行になりました。
初日に、それぞれ解決したいこと、やってほしいことを
ひとりづつ話したことを、Q&A形式でお届けします。
 
Q.「てあて」、特に穴追いをしてみたい。

A. 「てあて」には、自分でするてあてと、お互いにするてあてがある。
 お互いにする時は、一方的にならないほうがいい。
 受け身だと、いのちのスイッチがオフに。
 お互いにスイッチをオンに、交流していく気持ちが大切。
 体はすきまだらけ。物質はみなそう。
 手をあてる時、物理的な肉体と思わず、気体のようなものと思う。
 偏りに気づくと、戻そうとする力が自ら起こる。

 季節に応じて体は変化している。春は骨盤をゆるめる。
 やりたいことがはっきりし、可能性が広がる。開放された感じ。
 秋は、頭をゆるめるといい。てあて自体が感覚を細かくするトレーニングになり、
 心が整って楽になる。整理された感じ。

〔てあての約束〕…3/29夜の講座から
 ・全部がひとつ。
 ・一人が自分を整えていくと全体に広がり蔓延する。
 ・善悪はない。良い悪いが体の中にあるのではなく、光そのものを感受していく。

Q.もっと自分とうまくつきあうには?

A.ずっと出なかった症状が今出て、病気になれたこと自体、体の能力が上がっている。
 ひとつハードルを越えたと言える。

 この質問はみんなに共通する課題。
 今の時代に病気が多いのは、能力が上がっていることを意味している。
 その能力をどの方向にコントロールするかで、世の中が大きく変わる。

 自分の感情を望むままにコントロールするにはどうすればいいか。
 ひとつの感情に固定、固執することなくフリーな状態に。感情を自然に近づけていく。
 また、一つの枠に固定しない動きを練習し、
 感情と動きのリンクした状態を深めていくことで、感情の動きを素直に見ることができ、
 体が動きたい方向へ素直に動けるようになる。

 従来の型重視の気功では突破できないところを、
 活元運動と禅密功の「自由な動き」でつなげていく。
 活元運動には何の制限もない。気功は最終的に整った理想的な状態で動く。
 ゆっくり、なめらかに、とぎれなく、まるく、軽く。

Q.介護の仕事で老人の話を聞くのが大変。

A.ひとつは、完全に聞かない。存在だけを受けとめる。
 本人は、話と気持ちが分離している。向かい合っている充実感だけでいい。
 
 その人そのものを受け入れるのは、てあての感覚。
 話をすっ飛ばし覚えていないようにするのは、
 授業中に先生の似顔絵を集中して描くような感覚。他の所に集中する。

 もうひとつは、完全に同調してもみあいなだれこむ。これは職権の範囲を越えてしまう。

Q.緊張している人が来ると緊張する。
 同調の感覚を開け閉めできるようになりたい。

A.相手のどこに視点を置くか、という経験を積んでゆく。
 周辺情報に惑わされない。
 本質はどこにあるのか、その人の光を見る。
 もしくは自分の重心を移動させ、自分を変えてしまう。

 例えばお化けに会ったらどうするか。
 ひとつは逃げる。自分に取って必要な人だけに会っていればいいのだから。
 もうひとつは、合掌して天に上がってもらう。
 得意な人の処へ行ってもらう方法もある。

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気功の学校・ステップアップ1 2008

3/2、気功の学校・ステップアップ 1日目が終わりました。

春の恒例の講座、気功の学校。
生活科ということで、基礎を身につけるエレメンタリーと違い
少し自由な雰囲気で、進んでいきました。

冒頭&午後のお話から、まとめてみます。

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ステップアップの目的は、生活がスムーズにはこぶこと。
「生活の幸福」をどう実現していくか。

不幸を消そうとすると、却って無意識に強調されたことが残る。

幸福のつくりかたは、
体をゆるめて+幸せをイメージ。

気功をするときは、「幸せのサンドイッチ構造」で。
準備功で心の理想的状態を思い、
収功で、それが確かに実現していて、幸せな感じを味わう。

このサンドイッチ構造で幸せ感を味わうと、
最初にまいたタネが、気功をしている間にふくらみ
味わえさえすれば、具体的な形となって表れてくる。

体がゆるむと、感覚が働き、それにそって自然に動いていくうちに
「幸せだ」という感じを味わうことができる。

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春は、生殖器と骨盤の季節。

このふたつはつながりあっていて、骨の動きをふれていくと
生殖器の状況がわかる。

後頭骨、肩甲骨、骨盤。それぞれは対応していて、順に開いてくる。

現代は大脳を過剰に使い過ぎ、
骨盤の働きが衰える傾向。
なので、開いてくる春に、腰に力をはこぶ。もしくは、気をあつめる。

頭は、ポカン。考えすぎない。
そして、腰に気を集める。もしくは力をはこぶ。
それはつまり「やりたいことをやる」。

春は、やりたいことをやる。そして、それに対して遠慮をしない。
ブレーキをかけると身体を壊しやすい。
気功でいえば「自由に動く」。
それは、やりたいことをやる練習。骨盤の動きを導く。

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宿題は、活元運動。次回3/16まで、毎日です。

「自ら動いていく。自ずから、動いていく。

身体のやりたい事しかやらない練習をしていくと、
頭と、身体のやりたいことが一致してきます。

知識や、発想をふくらませていくこと、工夫をしていくこと。
人間の理知的な、すぐれた特質が
身体のやりたいことと、見事にからみあってくるのです。」

今期は受講されていない方も、
活元運動、いっしょにいかがですか。


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新春てあての会 2008

あけましておめでとうございます。
2008年が、みなさんにとって素晴らしい年になるよう
お祈りします。

無事、事務局の引っ越しも終わり、初講座となった
1/14「新春てあての会」。

30数名だと思っていたら、直前の金曜日に10名ほどの申込があり
定員をはるかに越えましたが、これも縁と受付。

アスニー山科の和室は、満員御礼。
集まった方々は、初めての方も多いにもかかわらず
すーっと、気持ちよくなじんでいい感じ。

山科は、じつは今年2度目。
去年最終講座のときに、ふと目にとまった「初笑い・茂山千之丞」の張り紙。
アスニー主催で、1/9に、無料で2時間ほどのお話があるとのこと。
天野と私はここ数年、茂山狂言がおもしろくてよく行っています。
おお、新しいスタートすぐに「初笑い」。これはめでたい、といそいそ出かけると
100人以上いらっしゃる年齢の高い皆さん。

前半30分は、歌を歌うらしく
おじいちゃんおばあちゃんと、「上を向いて歩こう」「大きな古時計」など。
天野が「なんか泣けてくるわ」。。

千之丞さんは、84才。オレンジ色のタートル、赤茶のジャケットが華やか。
「写実的な芝居」と「様式的・虚構の芝居」に分けるとすると、
狂言はそのまんなかより、ちょいと様式的。
泣く事、笑うことも「せりふ」としてしゃべって表す、ということで、
「小笑い・中笑い・大笑い」をやってくださった後
「大笑い」をみんなで。
横隔膜を下げ、山で「ヤッホー」という要領で
「ハー・ハー・ハ・ハ・ハ・ハ・・・」

これは平和の笑い。幸せ、「和楽」の笑い。
新年3日に見た狂言「福の神」では、
最後に福の神が「大笑い」で笑い止めでした。

さて、「新春てあての会」。お昼前に狂言の「大笑い」も取り入れて。
以下、ノートからです。

*********
きょうのテーマは、「心を自分の好ましい方向へ向けていこう」ということ。

「心」の上に「中」と書くと、中心、となる。
中心が定まること。
野口晴哉さんは、「念ずれば現ず」と言われた。
心の中に、はっきりと描いた事は現実の形となる。
願いは、叶うのが自然。
ただ、自分の体がそれを願っているかどうかが大切。

たとえばお金でも、それがほんとうに必要であれば入ってくる。
違う形で、もらうことがあるかもしれない。
「もしかしたら」、そういうことがあるかもしれない。
可能性は無限。

「気功の学校・教える」という4-12月の連続講座では、
一貫して「自分を整えていく」ことをしていく。
何か、教えるノウハウを勉強するのではない。

起こる事すべては、自分が導いている。
つまり自分を変えると、すべてが変わる。
自分のセンターを変えていく。

小さいとき、3つまでに体に染み通った事が
動いて行く方向を潜在的に決めている。
何回でも、3才に戻ればいい。
「生まれ変わる」、「新たまる」ことは、日本の文化に息づいているが
たとえばお正月、初日の出、初詣にみんなが出かけ
心を切り替える。
このタイミングに、幼いときにみんなで戻り、自分の中心を確かめていこう。

〈実習・活元運動〉
いのちが、自ら動いていこうという性質は
考えられる範囲を超えている。
「生きて何かを行いたい」という自発的なもの。

自発的な動きにブレーキをかけることは、お互いに助け合って生きる、その本質に
ブレーキをかけていることになる。
〈実習・相互活元運動〉
体を整えたあと、幸福感を味わうこと、そしてそれを忘れる事がポイント。

午前中の締めは、狂言の〈大笑い〉。

午後、〈禅密功〉からスタート。

私たちを動かしているのは、幸せになろうとする力。
私たちの多くが、自分で自分にブレーキをかけ
ここまで、と能力の範囲を決めている。
うごくこと。やすむこと。その幅が広がることが
能力が上がること、また生命力が上がること。

変化の中に「楽」がある。
固定してしまうと楽が楽でなくなる。

〈願望を書く〉
夢を過去形で書く。からだの実感が伴っていることがポイント。
書いたことに責任をもつ。叶って困ることは書いてはいけない。
自己責任の心構えがあると、叶う確率が上がる。

マイナスの願望が含まれていないか。
「また、こうなりたくないから」「赤組に入りたくないから、白組に入る」のではなく、
マイナスの願望は「ありがとう」の感覚とともに、水に流して
楽しい願望がふくらんでいくように。

*********

最後、42人が円になると、こんなにたくさんいらしたのかと改めて感じました。
みんないい顔をされています。

願いがかなったことを味わい、なんともいえずすーっとした心地いい時。
みんなで笑って、終わりました。

今回、最年少は広島からいらした
小学校1年生の、みるねちゃん。
最初から最後まで、ちゃんと体をうごかし、お話を聞いてらっしゃいました。
親子でいらした方も、何組も。

みなさんありがとうございました。   (じゅんこ)


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2007.7.15 自然身法 無事開講

みごと雨もやんだ、京都山科。
出口衆太郎さんの講座、一日目が終わりました。
良かったです。
私自身も、やはりこうした体の使い方が合っているのだなぁと
改めて思います。

午前中、出口さんの学んだ二人の老師の話。
スワイショウ(ふりこ)の実習。
ベーシックの極み、でもやはり出口さんに習うと自然な深まりが。
張宇先生の外丹功から「拍打功」。
全身をたたいていきます。
これは捨てる(瀉)法、夏向きとのこと。
一時期流行ったこの気功。20年ぶりくらいにして、懐かしい。

午後は波動功。出口さんのオリジナル。
やはり作った方から学ぶというのはいいものです。
太極棒をもったままのふりこ。左右を持ち替えたりして。
波動功を棒を持ちながら行う、太一波動功。
自然に足腰も鍛えられ、気持ちがよいものでした。

やはり気功は、シンプルなのがいい。すべてに通じる良さがあります。
それをわかって、やりこんだ方に習うのもまた。

終わってから、出口さんのリクエストで、
蓮如が山科に一大コミュニティを作っていたという跡地をみにいきました。
公園になっていて、お墓以外は土塁のあとしかありません。
山科は四方が山、どこを見ても山で、やはりいいところです。

明日は午前中、きょうの復習。午後は、波動内功を中心に
気功で心をととのえます。
一日参加、飛び込みも数名OKです。
終わってから希望者で、蓮如の墓跡も見に行く予定です。


自然身法2日目はJRのダイヤが乱れて、半数以上の人が
駅で足止めをくったにもかかわらず、なんとか午前中に
ばらばらと全員集合。
私たちも、このかん講座を続けていて、初めて
10分遅れて会場に到着。むっちゃショック、申し訳ありませんでした。

講座は充実、波動功をみんなでしていると、何ともいえない、ふわっとした細やかな気が
山科の会場を満たします。
予定になかった混元太極拳も紹介していただき、みんなで5つめまで練習。
波動内功はしっかりした瞑想。
最初に波動功の動作が誘導になっているのが面白い。

今年は、
波動功そのもの、太極棒でする波動功、座ってする瞑想的な波動功の3パターンを学び
出口さんのお話とも相まって、とても豊かな講座でした。
次回はぜひ、みなさんも。
来られた方、どうぞ感想をお送りください。先生にもお見せします。



 

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2007.7.10 七夕てあての会

週明け。

先週末は「七夕てあての会」で、皆さんに短冊を書いていただき
おいしいものを食べて帰って、すっきりした一日でした。

午前中は、おなかと頭のてあて。
相手が「気持ちいいだろうな、幸せだろうな」と
感じるところにすっと手をあてる。
それができれば、自分の気持ちよさ、幸せもすっと探していくことができる。

お昼やすみ。みんなでこよりをよって、短冊の作成。
ゆっくり寝ている方達も。
そうしている間に、たまちゃんが一燈園から
前日切らせていただいた笹を、持って来てくれました。

午後からはまず禅密功、そして活元運動。
例年そうですが、皆さんこの時期はよく動かれます。
午前中に十分ゆるんでいることも大きいと思います。
ふたたびてあてを経て、30分ほどでさっと短冊を書きました。

かなった状態を、はっきりイメージしてから
「・・になりました」と過去形で書くこと。

7・7・7、3つそろった珍しい日。
「皆さんの願いが叶いました」と、天野が短冊に書きました。

私がお昼に、コロッケととうがんをおかずに買ったら、
ちょうど「777円」でした。

・・来年の七夕までに、新しいとても気持ちのいい事務所がみつかりました。・・

最後にまるくなって、ぜんぶ叶った状態を思い浮かべて、笑って終わりました。

みなさんありがとうございました。

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2007.6.20 活元&禅密の会 

6/20は、禅密功を晩年4年間教えていただいた、恩師・劉漢文先生のご命日。
3年たちました。

亡くなられる直前まで、私たちの訪問を迎えるお気持ちがあったようで
最後にきたFAXは、「大連訪問団は、延期させてください」と短い手紙でした。中止ではなく。
ほんとうに亡くなられる数日前でした。

その前の年には、引退を表明しておられましたが、少人数の経験者で訪問する予定でいました。
「もうたくさん教えました」とも仰っていて
断食に入られたあと、急に体調を崩されたようで
やんちゃで体力のある、劉先生らしい亡くなられ方だったと感じます。
絶対視されることを、ほんとうに嫌う賢さをお持ちで
中国人らしい、ビジネスライクな一面もありました。
破天荒な、スケールの大きさ。
やんちゃでキュート、本質的なところを惜しまずさっと伝えていく力量、
魅力的な方でした。

その後、東京の朱剛先生にさそっていただいて
お墓にお骨を入れる、納骨式に参列しました。
大連からはるか東北の丹東に、禅密気功の学習交流センターがあり
一度そこで習わせていただいたことがありました。
いまは老人施設になっています。
そこへ泊まって、朝からお墓へ。

劉先生だけがいない、けれどいつも気配を感じ、赤い夕日が
「密教は太陽信仰です」と仰っていたことを思い出させ、劉先生のよう。
禅密気功は、古い古い密教。弘法大師が伝えたころの。
だから太陽信仰、古神道とも重なるところがたくさんあります。

野口晴哉さんの広めていかれた整体の考え方とも、
共通する点がたくさんあり、二卵性双生児かと思うような。
本質的なところは、みな同じなのだと思えます。

野口晴哉さんのご命日も6月。去年までは、20日に「師を偲ぶ全国活元運動大会」を
整体協会のほうで、開いておられたようです。
時期的にも、活元運動をするのに最適な、動きたいのに雨で動けないような季節。
大きな動きや、思いがけない動きがいろいろに出てくる時で
汗もかき、あとの心身もすっきりとします。

このふたりが重なる大切な日、6/20。
私たちも例年、事務所で活元&禅密の集まりをもっています。
このふたつは背骨を中心に、みごとにつながりあっていきます。

劉先生は、最後に習った「動静楽寿」をぜひみんなに伝えていってほしい、と
何度も最後に手紙に書いておられました。
天野の冒頭の話は、その日にふさわしい
ぴりっとまとまった本質的ないい話でした。
下に、まとめてみます。

*********************

活元運動は、体の中から出てくる無意識の動き。
みんなで行うときは、本物の活元運動、というよりは
それに向けての準備運動、無意識の訓練としてやっている。

なんとなくの反応、その時の姿勢。無意識にとっているのは、今一番都合のいい動き。
それが生活の全体を占めているのだから、
「都合がいい動き」の範囲が狭いと、可能性も狭くなる。

自由に、無意識に、瞬間さっと動ける範囲が広がることで、生活に変化が出る。

禅密功は、先天の動き・後天の動き、という分け方をする。

つまり、「この世に生まれる前からの動き・死んだ後の動き」があることを前提に
それを練習していくのが禅密功。

先天と後天を明確に線引きするのは難しいが、
活元運動はどちらかというと、後天の動きが多い。
筋肉的なこわばり、機能の衰えを無意識に解決することで、動きがスムーズになる
後天から先天の動きに向かうベクトルと言える。

禅密功は、先天からスタートし、魂が安らぐ動きを探す。
ゆっくり動き、動きつつ、動きを消していく。動いていることそのものをなくしていく。
「ゆっくり」もまた消すために、スピードが変わったり、制限がなくなることがあるが
激しい動きは出ない。

物理的ないのちを越えた部分と、つながって動くので
形にとらわれると、後から学習した「後天」になる。
それも必要だが、そこから抜けられないことがある。
活元運動と両方を行うと、その問題が解消され、やりやすいと思う。

7/7の七夕に向けて、4回の講座。その目標は、
「したいと意図的に思う」ことと、「体がしたい」ことを一致させていくこと。
物理的な体と、魂が元気になるところを目指したいし、
整えていける確信がある。

筋肉がゆるむと、指令を出しっ放しである緊張がゆるむ。
頭をゆるめることで、ほどけていくきっかけになる。

目に見えない動きを整えていくことを、忘れないように。
そのために動いている。

*********************

頭部第2というポイントから頭をゆるめ、活元運動に入り
かなりよく動いた後、休憩をして
禅密功。
途中、劉先生の笑顔の気配を感じ、よかった、と思ったことでした。

みなさん、ありがとうございました。


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2007.6.26 いのちの気功 第一回

人気講座「整体の神髄&気功の神髄」。
今回から「いのちの気功」という名称で、七夕に向けて第一部が始まりました。
講師は天野泰司、お話から。

*********

野口晴哉さんは、「生命の自発性」を最も重視した。
いのちに基づいて、動いているかどうか。
自ら動くと、全力が出せる。自発的でないと、全力を出せない。

教育に自発性という扉が少ない。「させられる」ことでその子の力を奪う。
だれでも知りたい、身につけたい。
もともとのスイッチが入っているから、動いていく。
全力が出せることは、また大きなゆるみにつながり、能力の幅が広がる。

生まれたときは誰も、全力で生きている。
そして生まれる以前も。
「ブレーキのかかっていない状態」をめざす、戻るのが気功のテーマ。
そして「赤ちゃんになっていこう」という決心が「気功」。

第一部の目的は、「幸せな赤ちゃん」をめざすこと。
幸せな赤ちゃんは、幸せな一生を送る。幸せに生きて行ける強さを保つ。

「幸せ」には、客観的な基準は一つもない。
主観、心の状態に左右されている。
どんなに物理的に豊かだったとしても、幸せと感じられなければ幸せでない。
幸せと感じていることだけが幸せ。

気功をして、赤ちゃんの心身に戻り、幸せな実感を味わうことで
小さいときに幸せ感が少なかったとしても、徐々に塗り替えていくことができる。

自発的でない子育てはつらい。
性の働きが未成熟だと、赤ちゃんを可愛く感じない。
自然に性が働いていると、赤ちゃんが可愛くて本能的に手放せない。
ヒトの子は助けてもらわないと、生きていけない。

大人の幸せな感じが、赤ちゃんに伝わる。
私たちが「幸せな実感をもつ機能」を大切にしていくこと。

理性的な頭、本能的な腰。バランスをとって「人間らしさ」が形作られている。
頭の働き過ぎを押さえ、
腰の動ける幅、可動性の範囲を広げ
頭と腰の間をとりもつ、背骨の動きをスムーズにしていこう。

この季節のおすすめは活元運動。
そして、禅密功の基礎、築基気功。

受胎からの2年間は、気の固まりに、気で答える時期。
赤ちゃんは気で生きている。そこから気をそらすと、生きている充足感を失う。
自然にお互いを大切にし合う。
死もまた、気だけの世界に戻ること。

3才くらいまでに「好き・きらい、楽しい・楽しくない」ことが決まってくる。
嫌なものはいや、好きなものは好き、なほうがいい。
小学校でやるべきことは、「楽しい・楽しくない」という全体の土台を作っていくこと。

9才くらいから、16・7才の思春期に興味を持ったものは、一生続く。
一生かけていく値打ちがあるかを問い続ける。
「だいじなことがあり、くだらないことがある」という指標、物差しも出来上がってくる。
判断する力ができてくる。

私たちはみんな死ぬ。限りがある、全力で生きればいい。

誕生と死は、いのちを本質的に理解し、魂の世界に気づいていく主要な部分になる。

因果応報というが、原因と結果の間には
必ず「縁」、関係性がある。
どのように感じるか、どう処理するか。その成熟度で、結果が変わってくる。。
善悪は観念。固定しているものでなく、いつもひっくり返る。
思考が特定の結びつきしか起こらないのが問題、それは経験によって起こる。
観念は固定しやすい、それを打破する。そのために禅のような、たくさんの修行がある。
絶対的な善悪は無く、
自然に適っているか、適っていないかを指標にする。
自然はつねに変化し、意図的な働きが関与していない。

動きが無く、変化がない、固定して美しくない(いやな感じ)のものから離れ、
美しくてつねに動き、変化しつつあるものを選択する。

人と人との関係性の中に、自然がある。
人の心の自然、体の自然を大切にしていく。

実習・・てあて。赤ちゃんだとおもって、おへそに手をあてる。

人の関係性の本質は、気と気でつながっている。
他の人のうわさをしたり、棚に上げると、気がまぎれる。
気は、まぎらせてはいけない。
気は満ちるところに生の充足感がある。

性が充実している=お互いを助け合う、ということ。
人は助け合うような構造をしている。

赤ちゃんは気に満ちていて、気を求める。
大人は気を集め、赤ちゃんからも気をもらう。
その交流で気が満ちていく。
今生きている、ということは、生後13ヶ月間、誰も見放さなかったということ。
お互いにいのちを守ろうとする本能がある。

七夕に向けて、体で直接受け取る練習をしていく。
心に感じたものは、実現しやすい。
ゆるんで、かなう。

この時期は雨で、動きたくても動けない、エネルギーが圧縮される。
それがちょっとした引き金で、さーっと動くことを利用し
いのちを動かす。

気が動くと、体が動き、こわばりが抜ける。実際に動くことが大切。
感じたら動く。気持ちいい、しんどい、両方起こる。
いやなものから離れ、避けて、動きに乗る。

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宿題は、活元運動。生き生きとした音楽をかけて、するのがおすすめだそうです。

今週末6/30、七夕7/7の単独参加も可能です。お申し込みください。

まとめ・吉田純子

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2007.6.17 総会 終わりました

6/17、父の日。
きょうは7回目の、気功協会総会でした。
小学校に入れたくらい、でしょうか。

暑く湿度の高い午後、高槻の中心地、野見神社脇の
現代劇場が、今回の会場。
前回は西武高槻のホールをお借りしたのですが、
今回はピアノのあるところ、というので
こちらになりました。
窓から神社の緑が見える方向へ、椅子を並べました。

50人の参加。
原宣之さんの五十鈴。天河弁財天の五十鈴は、
とてもこまやかな音。丹羽ゆかりさんの声とあいまって、
あめつちの神とひとつになったような、始まりです。

岩橋裕子さんのオイリュトミー。
初めて見ましたが、きれいなものですね。
こちらも、畏敬の念をもって神と人がつきあう
ひとつの形を示したもののようでした。

吉田昭子先生の、シュタイナー医学の話。
医学の本質を知りたい、と
東洋医学の道から、いまはシュタイナー医学を
熱心にお勉強中の先生。もう80才近くなられました。

池川明医師が数多くの聞き取りから
「赤ちゃんは親を選んで生まれてくる」
「輪廻転生はある」と結論づけられたときに、
「やっぱりそうか」と思った、と。
死ぬときに体を脱ぎ捨て、霊的なものの集まる
宇宙のどこかへいくらしい。
そうした魂、心、体を含めて、
前世未来世も含めて
人とは何か、病とは何かを考えるのがシュタイナー医学。

病によって、人はどう生きるべきなのか、どう生きてきたのか
考えさせられ、とても勉強になる。
真剣に考えて病気を乗り越えていこうとする、本質的な魂の医学。

原宣之さんの五十鈴舞のお話。
実技も交え、シュタイナーと古神道をつなぐ
原さん独自の視点。
お互いに深いものを尊重しあう、笑いは感謝。
禅密功でも笑いを大切にする。
古神道ではタマフリといって、笑う方法がある。
神道はうずをえがく、日本のオイリュトミー。
など、独自の視点なのですが・・笑えます。

朱麗華さんの、今年の運気のお話。
今年は、黙ってたらだめ。下から上へ訴える、庶民中心にエネルギーを出す。怒る時は怒る。下手でも言ってみる。
伝えたい事を言葉だけでなく、全身で潜在意識に訴える
気迫が必要。

今年は全部が陰、来年からまた陽が増えていく年。
なので原点に戻る、目線を低くしてみる年。
マイナスのものを流す、アースすることが大事。
土をいじる、海で砂に足を埋める。
今の時代は毒素を貯めやすい。

場の雰囲気をよみ、五感をみがくこと。
何が正しい、ということはない。
呼吸を相手に合わせる。

常識や、「幸せとは何か」が変わる、転換の年。
6/6以降、今年らしいところへ入ってきている。
身辺整理をし、無駄な物を捨てること。
変化を楽しむこと。
人間性、母性、伝統芸能などを大切にする。

天野から、今年の気功協会のビジョン。
いのち。ということ。それがつながっている、ということ。
そして、新しい事務所を探していく経緯になったこと。
新しい動きをしていく時期ととらえ、
自分を大切にすることで、環境が整うよう考えていきたい。

rimaconaのソロで2曲、
おまちかね、「self」の生演奏に合わせて気功。
DVDと同じ曲、違うアレンジで、みんなで動きながら。
最後はDVDと同じように終わり、
なんだかじーんとしてしまいました。

二次会は高槻ジャズストリートの発祥の地、JKカフェ2F。
たまちゃんレンちゃんの日舞、
つねかつさんの紙芝居。
豪華な革張りのソファで、にぎやかにおしゃべり。

一貫してテーマがはっきりし、コンパクトにまとまった
楽しい総会でした。
すっきりと、雨も降り始めました。
みなさん、ありがとうございました。

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2007.5.27 心を育てる〜潜在意識教育講座 

きのうきょう、氣道協会の長谷川淨潤さんと
スタッフ5名の方々をお迎えして、
「心を育てる」という講座でした。

以下、初日午前中のお話をまとめ、
淨潤さんに校正していただきました。どうぞ。
*一部講座で仰っていないところもあります。

**************

心理療法と心理学の違い。
心理学は学問、療法は生き物。良くなってなんぼ、こんなのがある、
有 効そうだぞ、といったもの。
現在的な心理療法は1960年代にカール・ロジャースが皮切りに。

淨潤さんのおすすめはミルトン・H・エリクソン。
タイトルにその名前が入っている入門書などでもいい。

意識と無意識、そして無意識どうしがつながりあっている
ユングの「集合的無意識」という考え方。
東洋人には受け入れやすいかもしれない。

ある人はそれを宇宙生命と呼ぶだろうし、
また、ブラフマン、大気、宇宙の息、ゼロ、気づき、タオ(道)、
いのち、神、
いろいろな呼び方があるだろう。

無意識、というものがある、という考えもひとつの例えにすぎない。
ある、と認めて行うと、案外うまくいくもの。
けれどクリシュナムルティが「無意識はない」といったように
感覚や意識を際限なく広げると、
生まれる前、死んだ後、ここから生まれここへ帰るという先の
集合的無意識(=「いのち」その他)にまでもいく。

まるで昼と夜のように、意識と無意識は
生という布地を織りなしていく。
でも耳を澄ませばいつも
無意識の奥の「いのち」の調べに戻ることもできる。

実習がなんども繰り返されます。
ふたりで組んで、セラビスト役とクライアント(患者)役。
かならず途中で交代します。

相手に意識を向けてあげる事。
明るい気持ちを、相手に集めること。
笑ったような、しぜんな感じで。
それを愉気、という。

こちらが楽で、安心感、無意識との一体感を持っている事が大事。
相手に何をすべきか、より
相手を認める、受容することが大事。

それには自分の安心、充足が大事。

一生懸命悩むのは素晴らしいこと。
悩める力がある、それは心を守る大切な働き。

症状即療法、ということばと同じように
悩み即幸福、といえる。

けれど、「辛い」ということは受け入れてあげる。
その悩み、苦しみがその人に役立っていることを
こちらがわかっている必要がある。

無駄な物は何も無い。
悩みも、バランスをとろうとしている働き。

みんな「よりよくなろう」と思っている。
それにかかっているブレーキを、はずしてあげる。

*************

といったことが中心で、
あと具体的な方法を学び実習しました。

いつもは、体を動かしながら、ゆるやかに自分と対峙していく講座なので
相手と言葉で話しつづけて大変に感じたときもありました。
けれど最後は最初の「相手に気を向けてあげる=愉気」にもどる、
とてもいい終わり方。

気がつかないうちに、山を越していたのでした。

2日間、聞き続けて、
聞く力がUPしたような気がします。

また、事務所の引っ越しが浮上していますが
それに向けて、明るい気持ちを自然に持てるようになりました。
来年あたり、新しい事務所。
みんなの笑顔、イメージしています。楽しみにしててね。

久しぶりに一日目の夜、居酒屋「伏見」でご一緒できたのも嬉しい事でした。
カウンターしかあいてなくて、コの字形に11名
とちゅうで席替えなどして、長い事かけてお話。
馬刺やお造りなど、頼んでおられたのに
とうちゃんが探し当てた「生ビール無料クーポン」のおかげか、
ひとり2500円とゆーありがたさ。

私とこどもたちは、とうちゃんが氣道ゆうさんに
消費税のことなど、レクチャーしている間
しっかり「自家製白玉団子」、黒みつときなこに
「おいしー」を連発しておりました。

無事終わって、先ほど淨潤さん、スタッフの皆さんは有馬温泉へ。
たまちゃんが午後中かけて彫った、「長谷川淨潤」という
けしごむはんこをおみやげに差し上げました(笑)
ひよこマークもついています。

福井のウサギ犬さんのブログでも、紹介されています。

淨潤さん、みなさん、ほんとうにありがとうございました。

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2007.5.14 禅密美山合宿3 終わりました

Miyama3

美山に行ってきました。

秋に2回行い、ほんとうによかったので、
今度はぜひ春にいってみたく
「芦生山の家」のご主人、いちばんおすすめの時期に
宿を取りました。

山は新緑。いろんな緑が明るくて、
なんともいえない軽さでした。

1日目は活元運動やてあてで、移動や日々の疲れをとり
2日目は森へ。
朝起きたら、しっかり宿の方が
おいしいお弁当を作ってくださっているのです。
手作りの佃煮や、地鶏、地元のしいたけを使ったかやくご飯。
なつかしい「ちくわの天ぷら」。

「山の家」にガイドツアーをお願いして、
この森でずっと働いて来た
ベテランの登尾さんについていただき
峠まではバスで、そこから由良川に沿って上谷を下り
ところどころで気功をし、
ただ「そのまま」に感じる時を持ちながら
下谷に至りました。

途中、長治谷でお弁当のあと、芝生に寝転んでみんな熟睡。
虫もいず、ガイドさんとバスのおかげで安心して
山に開いていくことができます。

秋にいったのと、同じ樹に出会うのも嬉しい事。
また新緑の季節は
どの樹もどの樹も、違う顔をみせてくれます。

Miyama3_2

左がトチの新芽、右が開いた葉っぱです。

なんともいえない、いい天気。
美山かやぶきの里で休憩して、無事園部に早めに戻りました。

解散後、私たちは京都駅の地下にイノダコーヒを発見。
ゆっくり休憩して、
天野とうちゃんは野菜サンドとギネス。

私は、地下街のサービスで
生まれて初めて母の日のカーネーションをいただきました。

こどもたちにも、森にいったあとにぴったりの
木でできたプレゼントがみつかりました。
近頃かんざしで髪をまとめられるようになった、たまちゃんには、つげのかんざし。
折らないように木でできた、練習用なのだそうです。
レンちゃんには、前から欲しかったつげの櫛。
ちゃんと自分で、使う前に油でみがきます。

バスに乗ったり、説明を聞いたり、気功をしながら歩いているので
疲れも残らず、心も軽く、帰宅しました。
みなさん、ありがとうございました。

いい天気です。みなさんにも、いいことがありましたか。

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