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2007.7.15 自然身法 無事開講

みごと雨もやんだ、京都山科。
出口衆太郎さんの講座、一日目が終わりました。
良かったです。
私自身も、やはりこうした体の使い方が合っているのだなぁと
改めて思います。

午前中、出口さんの学んだ二人の老師の話。
スワイショウ(ふりこ)の実習。
ベーシックの極み、でもやはり出口さんに習うと自然な深まりが。
張宇先生の外丹功から「拍打功」。
全身をたたいていきます。
これは捨てる(瀉)法、夏向きとのこと。
一時期流行ったこの気功。20年ぶりくらいにして、懐かしい。

午後は波動功。出口さんのオリジナル。
やはり作った方から学ぶというのはいいものです。
太極棒をもったままのふりこ。左右を持ち替えたりして。
波動功を棒を持ちながら行う、太一波動功。
自然に足腰も鍛えられ、気持ちがよいものでした。

やはり気功は、シンプルなのがいい。すべてに通じる良さがあります。
それをわかって、やりこんだ方に習うのもまた。

終わってから、出口さんのリクエストで、
蓮如が山科に一大コミュニティを作っていたという跡地をみにいきました。
公園になっていて、お墓以外は土塁のあとしかありません。
山科は四方が山、どこを見ても山で、やはりいいところです。

明日は午前中、きょうの復習。午後は、波動内功を中心に
気功で心をととのえます。
一日参加、飛び込みも数名OKです。
終わってから希望者で、蓮如の墓跡も見に行く予定です。


自然身法2日目はJRのダイヤが乱れて、半数以上の人が
駅で足止めをくったにもかかわらず、なんとか午前中に
ばらばらと全員集合。
私たちも、このかん講座を続けていて、初めて
10分遅れて会場に到着。むっちゃショック、申し訳ありませんでした。

講座は充実、波動功をみんなでしていると、何ともいえない、ふわっとした細やかな気が
山科の会場を満たします。
予定になかった混元太極拳も紹介していただき、みんなで5つめまで練習。
波動内功はしっかりした瞑想。
最初に波動功の動作が誘導になっているのが面白い。

今年は、
波動功そのもの、太極棒でする波動功、座ってする瞑想的な波動功の3パターンを学び
出口さんのお話とも相まって、とても豊かな講座でした。
次回はぜひ、みなさんも。
来られた方、どうぞ感想をお送りください。先生にもお見せします。



 

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2007.7.10 七夕てあての会

週明け。

先週末は「七夕てあての会」で、皆さんに短冊を書いていただき
おいしいものを食べて帰って、すっきりした一日でした。

午前中は、おなかと頭のてあて。
相手が「気持ちいいだろうな、幸せだろうな」と
感じるところにすっと手をあてる。
それができれば、自分の気持ちよさ、幸せもすっと探していくことができる。

お昼やすみ。みんなでこよりをよって、短冊の作成。
ゆっくり寝ている方達も。
そうしている間に、たまちゃんが一燈園から
前日切らせていただいた笹を、持って来てくれました。

午後からはまず禅密功、そして活元運動。
例年そうですが、皆さんこの時期はよく動かれます。
午前中に十分ゆるんでいることも大きいと思います。
ふたたびてあてを経て、30分ほどでさっと短冊を書きました。

かなった状態を、はっきりイメージしてから
「・・になりました」と過去形で書くこと。

7・7・7、3つそろった珍しい日。
「皆さんの願いが叶いました」と、天野が短冊に書きました。

私がお昼に、コロッケととうがんをおかずに買ったら、
ちょうど「777円」でした。

・・来年の七夕までに、新しいとても気持ちのいい事務所がみつかりました。・・

最後にまるくなって、ぜんぶ叶った状態を思い浮かべて、笑って終わりました。

みなさんありがとうございました。

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2007.6.20 活元&禅密の会 

6/20は、禅密功を晩年4年間教えていただいた、恩師・劉漢文先生のご命日。
3年たちました。

亡くなられる直前まで、私たちの訪問を迎えるお気持ちがあったようで
最後にきたFAXは、「大連訪問団は、延期させてください」と短い手紙でした。中止ではなく。
ほんとうに亡くなられる数日前でした。

その前の年には、引退を表明しておられましたが、少人数の経験者で訪問する予定でいました。
「もうたくさん教えました」とも仰っていて
断食に入られたあと、急に体調を崩されたようで
やんちゃで体力のある、劉先生らしい亡くなられ方だったと感じます。
絶対視されることを、ほんとうに嫌う賢さをお持ちで
中国人らしい、ビジネスライクな一面もありました。
破天荒な、スケールの大きさ。
やんちゃでキュート、本質的なところを惜しまずさっと伝えていく力量、
魅力的な方でした。

その後、東京の朱剛先生にさそっていただいて
お墓にお骨を入れる、納骨式に参列しました。
大連からはるか東北の丹東に、禅密気功の学習交流センターがあり
一度そこで習わせていただいたことがありました。
いまは老人施設になっています。
そこへ泊まって、朝からお墓へ。

劉先生だけがいない、けれどいつも気配を感じ、赤い夕日が
「密教は太陽信仰です」と仰っていたことを思い出させ、劉先生のよう。
禅密気功は、古い古い密教。弘法大師が伝えたころの。
だから太陽信仰、古神道とも重なるところがたくさんあります。

野口晴哉さんの広めていかれた整体の考え方とも、
共通する点がたくさんあり、二卵性双生児かと思うような。
本質的なところは、みな同じなのだと思えます。

野口晴哉さんのご命日も6月。去年までは、20日に「師を偲ぶ全国活元運動大会」を
整体協会のほうで、開いておられたようです。
時期的にも、活元運動をするのに最適な、動きたいのに雨で動けないような季節。
大きな動きや、思いがけない動きがいろいろに出てくる時で
汗もかき、あとの心身もすっきりとします。

このふたりが重なる大切な日、6/20。
私たちも例年、事務所で活元&禅密の集まりをもっています。
このふたつは背骨を中心に、みごとにつながりあっていきます。

劉先生は、最後に習った「動静楽寿」をぜひみんなに伝えていってほしい、と
何度も最後に手紙に書いておられました。
天野の冒頭の話は、その日にふさわしい
ぴりっとまとまった本質的ないい話でした。
下に、まとめてみます。

*********************

活元運動は、体の中から出てくる無意識の動き。
みんなで行うときは、本物の活元運動、というよりは
それに向けての準備運動、無意識の訓練としてやっている。

なんとなくの反応、その時の姿勢。無意識にとっているのは、今一番都合のいい動き。
それが生活の全体を占めているのだから、
「都合がいい動き」の範囲が狭いと、可能性も狭くなる。

自由に、無意識に、瞬間さっと動ける範囲が広がることで、生活に変化が出る。

禅密功は、先天の動き・後天の動き、という分け方をする。

つまり、「この世に生まれる前からの動き・死んだ後の動き」があることを前提に
それを練習していくのが禅密功。

先天と後天を明確に線引きするのは難しいが、
活元運動はどちらかというと、後天の動きが多い。
筋肉的なこわばり、機能の衰えを無意識に解決することで、動きがスムーズになる
後天から先天の動きに向かうベクトルと言える。

禅密功は、先天からスタートし、魂が安らぐ動きを探す。
ゆっくり動き、動きつつ、動きを消していく。動いていることそのものをなくしていく。
「ゆっくり」もまた消すために、スピードが変わったり、制限がなくなることがあるが
激しい動きは出ない。

物理的ないのちを越えた部分と、つながって動くので
形にとらわれると、後から学習した「後天」になる。
それも必要だが、そこから抜けられないことがある。
活元運動と両方を行うと、その問題が解消され、やりやすいと思う。

7/7の七夕に向けて、4回の講座。その目標は、
「したいと意図的に思う」ことと、「体がしたい」ことを一致させていくこと。
物理的な体と、魂が元気になるところを目指したいし、
整えていける確信がある。

筋肉がゆるむと、指令を出しっ放しである緊張がゆるむ。
頭をゆるめることで、ほどけていくきっかけになる。

目に見えない動きを整えていくことを、忘れないように。
そのために動いている。

*********************

頭部第2というポイントから頭をゆるめ、活元運動に入り
かなりよく動いた後、休憩をして
禅密功。
途中、劉先生の笑顔の気配を感じ、よかった、と思ったことでした。

みなさん、ありがとうございました。


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2007.6.26 いのちの気功 第一回

人気講座「整体の神髄&気功の神髄」。
今回から「いのちの気功」という名称で、七夕に向けて第一部が始まりました。
講師は天野泰司、お話から。

*********

野口晴哉さんは、「生命の自発性」を最も重視した。
いのちに基づいて、動いているかどうか。
自ら動くと、全力が出せる。自発的でないと、全力を出せない。

教育に自発性という扉が少ない。「させられる」ことでその子の力を奪う。
だれでも知りたい、身につけたい。
もともとのスイッチが入っているから、動いていく。
全力が出せることは、また大きなゆるみにつながり、能力の幅が広がる。

生まれたときは誰も、全力で生きている。
そして生まれる以前も。
「ブレーキのかかっていない状態」をめざす、戻るのが気功のテーマ。
そして「赤ちゃんになっていこう」という決心が「気功」。

第一部の目的は、「幸せな赤ちゃん」をめざすこと。
幸せな赤ちゃんは、幸せな一生を送る。幸せに生きて行ける強さを保つ。

「幸せ」には、客観的な基準は一つもない。
主観、心の状態に左右されている。
どんなに物理的に豊かだったとしても、幸せと感じられなければ幸せでない。
幸せと感じていることだけが幸せ。

気功をして、赤ちゃんの心身に戻り、幸せな実感を味わうことで
小さいときに幸せ感が少なかったとしても、徐々に塗り替えていくことができる。

自発的でない子育てはつらい。
性の働きが未成熟だと、赤ちゃんを可愛く感じない。
自然に性が働いていると、赤ちゃんが可愛くて本能的に手放せない。
ヒトの子は助けてもらわないと、生きていけない。

大人の幸せな感じが、赤ちゃんに伝わる。
私たちが「幸せな実感をもつ機能」を大切にしていくこと。

理性的な頭、本能的な腰。バランスをとって「人間らしさ」が形作られている。
頭の働き過ぎを押さえ、
腰の動ける幅、可動性の範囲を広げ
頭と腰の間をとりもつ、背骨の動きをスムーズにしていこう。

この季節のおすすめは活元運動。
そして、禅密功の基礎、築基気功。

受胎からの2年間は、気の固まりに、気で答える時期。
赤ちゃんは気で生きている。そこから気をそらすと、生きている充足感を失う。
自然にお互いを大切にし合う。
死もまた、気だけの世界に戻ること。

3才くらいまでに「好き・きらい、楽しい・楽しくない」ことが決まってくる。
嫌なものはいや、好きなものは好き、なほうがいい。
小学校でやるべきことは、「楽しい・楽しくない」という全体の土台を作っていくこと。

9才くらいから、16・7才の思春期に興味を持ったものは、一生続く。
一生かけていく値打ちがあるかを問い続ける。
「だいじなことがあり、くだらないことがある」という指標、物差しも出来上がってくる。
判断する力ができてくる。

私たちはみんな死ぬ。限りがある、全力で生きればいい。

誕生と死は、いのちを本質的に理解し、魂の世界に気づいていく主要な部分になる。

因果応報というが、原因と結果の間には
必ず「縁」、関係性がある。
どのように感じるか、どう処理するか。その成熟度で、結果が変わってくる。。
善悪は観念。固定しているものでなく、いつもひっくり返る。
思考が特定の結びつきしか起こらないのが問題、それは経験によって起こる。
観念は固定しやすい、それを打破する。そのために禅のような、たくさんの修行がある。
絶対的な善悪は無く、
自然に適っているか、適っていないかを指標にする。
自然はつねに変化し、意図的な働きが関与していない。

動きが無く、変化がない、固定して美しくない(いやな感じ)のものから離れ、
美しくてつねに動き、変化しつつあるものを選択する。

人と人との関係性の中に、自然がある。
人の心の自然、体の自然を大切にしていく。

実習・・てあて。赤ちゃんだとおもって、おへそに手をあてる。

人の関係性の本質は、気と気でつながっている。
他の人のうわさをしたり、棚に上げると、気がまぎれる。
気は、まぎらせてはいけない。
気は満ちるところに生の充足感がある。

性が充実している=お互いを助け合う、ということ。
人は助け合うような構造をしている。

赤ちゃんは気に満ちていて、気を求める。
大人は気を集め、赤ちゃんからも気をもらう。
その交流で気が満ちていく。
今生きている、ということは、生後13ヶ月間、誰も見放さなかったということ。
お互いにいのちを守ろうとする本能がある。

七夕に向けて、体で直接受け取る練習をしていく。
心に感じたものは、実現しやすい。
ゆるんで、かなう。

この時期は雨で、動きたくても動けない、エネルギーが圧縮される。
それがちょっとした引き金で、さーっと動くことを利用し
いのちを動かす。

気が動くと、体が動き、こわばりが抜ける。実際に動くことが大切。
感じたら動く。気持ちいい、しんどい、両方起こる。
いやなものから離れ、避けて、動きに乗る。

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宿題は、活元運動。生き生きとした音楽をかけて、するのがおすすめだそうです。

今週末6/30、七夕7/7の単独参加も可能です。お申し込みください。

まとめ・吉田純子

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2007.6.17 総会 終わりました

6/17、父の日。
きょうは7回目の、気功協会総会でした。
小学校に入れたくらい、でしょうか。

暑く湿度の高い午後、高槻の中心地、野見神社脇の
現代劇場が、今回の会場。
前回は西武高槻のホールをお借りしたのですが、
今回はピアノのあるところ、というので
こちらになりました。
窓から神社の緑が見える方向へ、椅子を並べました。

50人の参加。
原宣之さんの五十鈴。天河弁財天の五十鈴は、
とてもこまやかな音。丹羽ゆかりさんの声とあいまって、
あめつちの神とひとつになったような、始まりです。

岩橋裕子さんのオイリュトミー。
初めて見ましたが、きれいなものですね。
こちらも、畏敬の念をもって神と人がつきあう
ひとつの形を示したもののようでした。

吉田昭子先生の、シュタイナー医学の話。
医学の本質を知りたい、と
東洋医学の道から、いまはシュタイナー医学を
熱心にお勉強中の先生。もう80才近くなられました。

池川明医師が数多くの聞き取りから
「赤ちゃんは親を選んで生まれてくる」
「輪廻転生はある」と結論づけられたときに、
「やっぱりそうか」と思った、と。
死ぬときに体を脱ぎ捨て、霊的なものの集まる
宇宙のどこかへいくらしい。
そうした魂、心、体を含めて、
前世未来世も含めて
人とは何か、病とは何かを考えるのがシュタイナー医学。

病によって、人はどう生きるべきなのか、どう生きてきたのか
考えさせられ、とても勉強になる。
真剣に考えて病気を乗り越えていこうとする、本質的な魂の医学。

原宣之さんの五十鈴舞のお話。
実技も交え、シュタイナーと古神道をつなぐ
原さん独自の視点。
お互いに深いものを尊重しあう、笑いは感謝。
禅密功でも笑いを大切にする。
古神道ではタマフリといって、笑う方法がある。
神道はうずをえがく、日本のオイリュトミー。
など、独自の視点なのですが・・笑えます。

朱麗華さんの、今年の運気のお話。
今年は、黙ってたらだめ。下から上へ訴える、庶民中心にエネルギーを出す。怒る時は怒る。下手でも言ってみる。
伝えたい事を言葉だけでなく、全身で潜在意識に訴える
気迫が必要。

今年は全部が陰、来年からまた陽が増えていく年。
なので原点に戻る、目線を低くしてみる年。
マイナスのものを流す、アースすることが大事。
土をいじる、海で砂に足を埋める。
今の時代は毒素を貯めやすい。

場の雰囲気をよみ、五感をみがくこと。
何が正しい、ということはない。
呼吸を相手に合わせる。

常識や、「幸せとは何か」が変わる、転換の年。
6/6以降、今年らしいところへ入ってきている。
身辺整理をし、無駄な物を捨てること。
変化を楽しむこと。
人間性、母性、伝統芸能などを大切にする。

天野から、今年の気功協会のビジョン。
いのち。ということ。それがつながっている、ということ。
そして、新しい事務所を探していく経緯になったこと。
新しい動きをしていく時期ととらえ、
自分を大切にすることで、環境が整うよう考えていきたい。

rimaconaのソロで2曲、
おまちかね、「self」の生演奏に合わせて気功。
DVDと同じ曲、違うアレンジで、みんなで動きながら。
最後はDVDと同じように終わり、
なんだかじーんとしてしまいました。

二次会は高槻ジャズストリートの発祥の地、JKカフェ2F。
たまちゃんレンちゃんの日舞、
つねかつさんの紙芝居。
豪華な革張りのソファで、にぎやかにおしゃべり。

一貫してテーマがはっきりし、コンパクトにまとまった
楽しい総会でした。
すっきりと、雨も降り始めました。
みなさん、ありがとうございました。

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2007.5.27 心を育てる〜潜在意識教育講座 

きのうきょう、氣道協会の長谷川淨潤さんと
スタッフ5名の方々をお迎えして、
「心を育てる」という講座でした。

以下、初日午前中のお話をまとめ、
淨潤さんに校正していただきました。どうぞ。
*一部講座で仰っていないところもあります。

**************

心理療法と心理学の違い。
心理学は学問、療法は生き物。良くなってなんぼ、こんなのがある、
有 効そうだぞ、といったもの。
現在的な心理療法は1960年代にカール・ロジャースが皮切りに。

淨潤さんのおすすめはミルトン・H・エリクソン。
タイトルにその名前が入っている入門書などでもいい。

意識と無意識、そして無意識どうしがつながりあっている
ユングの「集合的無意識」という考え方。
東洋人には受け入れやすいかもしれない。

ある人はそれを宇宙生命と呼ぶだろうし、
また、ブラフマン、大気、宇宙の息、ゼロ、気づき、タオ(道)、
いのち、神、
いろいろな呼び方があるだろう。

無意識、というものがある、という考えもひとつの例えにすぎない。
ある、と認めて行うと、案外うまくいくもの。
けれどクリシュナムルティが「無意識はない」といったように
感覚や意識を際限なく広げると、
生まれる前、死んだ後、ここから生まれここへ帰るという先の
集合的無意識(=「いのち」その他)にまでもいく。

まるで昼と夜のように、意識と無意識は
生という布地を織りなしていく。
でも耳を澄ませばいつも
無意識の奥の「いのち」の調べに戻ることもできる。

実習がなんども繰り返されます。
ふたりで組んで、セラビスト役とクライアント(患者)役。
かならず途中で交代します。

相手に意識を向けてあげる事。
明るい気持ちを、相手に集めること。
笑ったような、しぜんな感じで。
それを愉気、という。

こちらが楽で、安心感、無意識との一体感を持っている事が大事。
相手に何をすべきか、より
相手を認める、受容することが大事。

それには自分の安心、充足が大事。

一生懸命悩むのは素晴らしいこと。
悩める力がある、それは心を守る大切な働き。

症状即療法、ということばと同じように
悩み即幸福、といえる。

けれど、「辛い」ということは受け入れてあげる。
その悩み、苦しみがその人に役立っていることを
こちらがわかっている必要がある。

無駄な物は何も無い。
悩みも、バランスをとろうとしている働き。

みんな「よりよくなろう」と思っている。
それにかかっているブレーキを、はずしてあげる。

*************

といったことが中心で、
あと具体的な方法を学び実習しました。

いつもは、体を動かしながら、ゆるやかに自分と対峙していく講座なので
相手と言葉で話しつづけて大変に感じたときもありました。
けれど最後は最初の「相手に気を向けてあげる=愉気」にもどる、
とてもいい終わり方。

気がつかないうちに、山を越していたのでした。

2日間、聞き続けて、
聞く力がUPしたような気がします。

また、事務所の引っ越しが浮上していますが
それに向けて、明るい気持ちを自然に持てるようになりました。
来年あたり、新しい事務所。
みんなの笑顔、イメージしています。楽しみにしててね。

久しぶりに一日目の夜、居酒屋「伏見」でご一緒できたのも嬉しい事でした。
カウンターしかあいてなくて、コの字形に11名
とちゅうで席替えなどして、長い事かけてお話。
馬刺やお造りなど、頼んでおられたのに
とうちゃんが探し当てた「生ビール無料クーポン」のおかげか、
ひとり2500円とゆーありがたさ。

私とこどもたちは、とうちゃんが氣道ゆうさんに
消費税のことなど、レクチャーしている間
しっかり「自家製白玉団子」、黒みつときなこに
「おいしー」を連発しておりました。

無事終わって、先ほど淨潤さん、スタッフの皆さんは有馬温泉へ。
たまちゃんが午後中かけて彫った、「長谷川淨潤」という
けしごむはんこをおみやげに差し上げました(笑)
ひよこマークもついています。

福井のウサギ犬さんのブログでも、紹介されています。

淨潤さん、みなさん、ほんとうにありがとうございました。

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2007.5.14 禅密美山合宿3 終わりました

Miyama3

美山に行ってきました。

秋に2回行い、ほんとうによかったので、
今度はぜひ春にいってみたく
「芦生山の家」のご主人、いちばんおすすめの時期に
宿を取りました。

山は新緑。いろんな緑が明るくて、
なんともいえない軽さでした。

1日目は活元運動やてあてで、移動や日々の疲れをとり
2日目は森へ。
朝起きたら、しっかり宿の方が
おいしいお弁当を作ってくださっているのです。
手作りの佃煮や、地鶏、地元のしいたけを使ったかやくご飯。
なつかしい「ちくわの天ぷら」。

「山の家」にガイドツアーをお願いして、
この森でずっと働いて来た
ベテランの登尾さんについていただき
峠まではバスで、そこから由良川に沿って上谷を下り
ところどころで気功をし、
ただ「そのまま」に感じる時を持ちながら
下谷に至りました。

途中、長治谷でお弁当のあと、芝生に寝転んでみんな熟睡。
虫もいず、ガイドさんとバスのおかげで安心して
山に開いていくことができます。

秋にいったのと、同じ樹に出会うのも嬉しい事。
また新緑の季節は
どの樹もどの樹も、違う顔をみせてくれます。

Miyama3_2

左がトチの新芽、右が開いた葉っぱです。

なんともいえない、いい天気。
美山かやぶきの里で休憩して、無事園部に早めに戻りました。

解散後、私たちは京都駅の地下にイノダコーヒを発見。
ゆっくり休憩して、
天野とうちゃんは野菜サンドとギネス。

私は、地下街のサービスで
生まれて初めて母の日のカーネーションをいただきました。

こどもたちにも、森にいったあとにぴったりの
木でできたプレゼントがみつかりました。
近頃かんざしで髪をまとめられるようになった、たまちゃんには、つげのかんざし。
折らないように木でできた、練習用なのだそうです。
レンちゃんには、前から欲しかったつげの櫛。
ちゃんと自分で、使う前に油でみがきます。

バスに乗ったり、説明を聞いたり、気功をしながら歩いているので
疲れも残らず、心も軽く、帰宅しました。
みなさん、ありがとうございました。

いい天気です。みなさんにも、いいことがありましたか。

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2007.5.10 生まれて育つ ダイジェスト

5/6の講座・午後の部、私のノートから。。
講師の、岡田るんぬさんの校正済みです〜。

質問 : 出産のときに男性の役割は。

るんぬ : 女の人が妊娠したら、男の人の体も変わります。(具体的な箇所をあげる)
男の人も「生むからだ」になっているんですね。

妊娠中は、家事を手伝うのが大事です。
それは、ママが出産後、21日間は静かにしていることが大切だから。
水仕事・目をつかうこと・立ってだっこすることはしないほうがいいので、
誰か手伝いにきてもらうのがいいですね。
女の人が産後に気をつかうのは無理なので、夫の母じゃない人がいいでしょう。

そしてママはなるたけ赤ちゃんと一緒にいること。
おっぱいは、左で終わる方が
心臓の音で赤ちゃんが安心します。

あかちゃんの時は、パパは外で働いて、動物で言えば
しっかり「エサを運ぶ」。
3才まで(=独立期に入るまで)は、ママべったりがいいんです。
そうすると後さっと離れる。
3才までは、パパはさみしい存在です。3才からがパパの出番。
どんどん外へ連れていったり、遊んであげるといいでしょう。

自分のできることを、心をこめてすること。
無理なくやれることを、楽しく。
みんなひとつの存在ですから、そうすると全部がうまくいく、それがいいんです。

自分だけがいい、ということはないんです。
自分を責めると、人も責める。それは私たちの意識が作ったものです。
ちゃんとありがとう、と言う。ごめんなさい、を言う。

不安でもいいの、不安を「不安」とみとめて、それを悪いことにしない。
いい・わるいをつけない。

恋をする、したいことを心をこめてする。そうすると腰から変わる。
腰の可動性が高まって、根本の元気が動き出します。

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2007.3.6 気功の学校・ステップアップ〜生活の幸福〜

3/4は、「気功の学校・ステップアップ」の初日。

エレメンタリー卒業生に加え、再受講の方、とびこみ(禁止です)の方なども見え
落ち着いて充実した雰囲気。

目標は「生活の幸福」。実習は春らしく、骨盤集中。
みなゆるゆるに気持ちよく整いました。
以下、お話から。

******************************

幸福を求めていく時、「言葉のお化粧」について知っておく必要がある。

心の奥にあるものは、言いにくい。

例えば、
「いやよ」を2乗して3をかけたくらい、「いやよ」と言うのは
「好き」ということ。

ほんとうにいやなら「いや」とひとこと言えばいいのだから。

本当のことは誰も言わない。くいちがって当然。
そこに誤解のもとがある。
うそも言わない。うそは意識で言うものだから。

言葉の中に、条件反射的に出てくる「お化粧」のようなものがある。

意識以前の存在である私たち。
ほんとうに向いている方向は、無意識の中にある。
無意識は、からだ。

「気の体」をみていく。そして変化を「気」として感じていく。
体は物理的なものでなく、豊かで変化に富む、流動的なもの。

気がまず動き、物理的な体が動く。気は自発のもの、生じてくる自然なエネルギー。
それにそって動く事が、生活の幸福につながる。

もともとの自然な状態に近づいていく。つまり、動きの中に自然なものを求め、
不自然なものを減らしていく。
これはどこまでも深まっていく。
日々「これ以外にない」状態をいつもしている、といったようにまで。

意識的な言葉遣い、動作、などをいい状態にしていくことは、
意識的にも無意識的にも大切。

活元運動や、禅密功の蠕動(自由な波の動き)で、頭で考える枠を越えて
いのち全部を感じて、からだを動かしていこう。

[実習・足腰の活元運動と、足腰の相互活元運動など
] 

幸福であった瞬間、今まであった満足感をひとつふたつでも思い出してみる。
そうした、「忘れてしまった幸福」が
私たちの幸福の土台になっている。

私たちも、生まれたままの時に、
生きていること自体が楽しい体験を持っている。

生きていくことのリード役が幸福感。

生きている限り、本来幸福感がある。
それが乱されるのを取り戻そうとする働きが、恐怖や悲しみ、怒り。
それは軌道修正をするためにありり、ひとつの指標になる。

意識的にストップさせるとふくれあがり、続く。
必要なものなので、素直にそうした感情にのっていくことが大事。

そして、あまり反省しないこと。
反省は意識的。
反省して今までにいい効果があったことがあるだろうか? ないと言っていい。

感覚を大事にする。体に話しかける。

「世界が全体幸福にならないうちは、私の幸福はない」と
宮澤賢治が言っているが
「一瞬でも私が幸せなら、世界も幸福」だと言える。

人をうごかすのは難しい。
不幸、というのは、多く「相手に・・してもらえない」ところから生ずる。
自分を動かすのは責任をもってできる、たやすいこと。
自分にしかできないこと。

自分の中の幸福の種を、まき、育て、不幸の種を取り除いていく。
それがつまり「気功をする」こと。

気功をする時、スタートに幸福感があり、気功をしている間も幸福感が続き、
終る時も幸福感で終る。幸せのサンドイッチ。

それは一人の幸せを越え、「あなたの幸せ」=「私の幸せ」な状態。

動作は簡単なもので良い。
自然な動き、つまり無理がなく、気持いい、楽に動けるもの。
続けていると不要なものが減っていく。
楽に動くということは、いちばん大きな力が出せることでもある。

大切なのは「気功を幸福のサンドイッチでする」こと。

[実習・ふりこ] 簡単な動きで幸福感に包まれる。

春は骨盤の広がる季節。歩くのがおすすめ。
自分のペース、自分の歩幅で。
20歩だけリズムを変え、少し大きな歩幅であるき、また元に戻ればよい。
30分から1時間、骨盤の調整になる。
妊婦さんと同じように、この時期はみんなにおすすめ。


[実習・ゆっくり歩く・骨盤の穴追いとてあて]


******************************

なんともいえず気持のいい感覚で終了しました。

次回また、お待ちしています。

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2007.2.19 エレメンタリー・終わりました

きょうは「気功の学校・エレメンタリー」最終日。
ゆきえさんが亡くなられてから、初めての山科和室。
最後にお会いしたのがエレメンタリー初日だったので
家族とも会話することができず、なんとか山科へたどりつきました。

最初に見えたのは、しおちゃんさん。
笑顔で、「ミクシィの気功協会コミュニティに入りました」と言ってくださり
気持ちがほどけ、少しずつお話できるようになりました。
ありがとう。

順々に、集まってこられ、講座も始めていくことができ
天野の誘導で、最後には輪になって、光になったクラスメイト
ゆきえさんに気をあつめることができました。

きょうは午前中、お話と活元運動
午後から「ふりこ」と、「波の動き=禅密功」、
新月の願望をかくことなど、しました。

まとまったいいお話がありましたので、少しまとめてみます。

天野は何を話したか、覚えていないそうですが(笑・神主のようです)
ちゃんと校正してもらいましたので、確かに伝わると思います。

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今回のテーマ「幸福」について。

「幸福」と感じられる能力、
「幸福」に対する感受性を上げていく。
すると、もし客観的な状況が同じだったとしても
幸福度は上がっていく。

次回「ステップアップ」のテーマは「なじむ」。
自然な、もともとの状態になじんでいく。

人生80〜90年としたら、
ちょうど3歳ぐらいまでが
ひと月の初めの日=「新月」とも言える。

潜在意識が全面的に開いている時期。
あるがまま全てを受け入れている「先天」の状態。
幸福で満たされているとても幸せな時期。
不幸の因は後天的なものの中にある。
3歳までは後天的感覚が希薄なので、
外界からも護られている。
「先天」に戻ることが気功の目的。

物事は「私」という受け取り手のフィルターで、
いかようにも捉え方が変わる。
あるがままの現象を、「〜と感じる」私がある。どう受け取るかは百人百様。
自分のフィルターの特性を知ることは大切。

フィルターにも先天と後天があり、
生まれながらの「先天のフィルター」は大きく働いている。
野口晴哉先生は、それを仮に「体癖」と名付けた。
それに「後天的に身につけたフィルター」=思考・観念・経験などが加わる。
これは細かく複雑。
体の特徴に、後天的なものが加わって、複合され
ますます物の感じ方は千差万別、それぞれの違い、楽しみ方が生まれる。

みんなが同じだという誤解に、私たちは苦しんでいる。
けれどこんなふうに、みんなはひとりひとり違う感受性を持っている。

たとえば桜が咲いている、ということに対して、
「きれいだ」とはらはら泣く人もいれば、
その情景をそのまま受け取りたい人もいて、
「この種類はソメイヨシノで、」と頭で理解するのが楽しい人もいるし、
桜と他の植物の違いについて話したい人もいるだろう。

フィルターにはときどきメンテナンスが必要。
後天的なものは枝葉で、その解決もほんとうに大切だが
目的は先天を変えること。
それは何世代にも渡って続いていく、命の流れ全体へのメンテナンス。

誕生前の、先天の動き、思考、感情の自然さ。
誕生後、そして1才、3才にも軽い境があると思うが、
後天の動き、思考、感情には、自然でない部分がある。

先天と後天が結びついている中で、生活が成り立っている。

先天の世界は、自分を縛るものがない。自由。すなわち自在。

自分をしばるカセを外すこと=ゆるむこと。
それは自由になること。

自分で自分を縛っていることが、意外にたくさんある。
自分に正直でいることは、魂に正直であること。

今までやらなかったことでも、やってみると楽になることがある。
自分の考え方の枠の中で工夫している、けれど
他にもっといい考え方の枠があるかもしれない。
自分の枠を壊すことも、また気持ちがいい。

誰もがお互いの幸福を高めていこうと考えている、はず。
長く生活しているうちに、たとえば夫婦でも、後天のものが目についてくる。
それを修正しようとして、けんかが起こる。
それは対立ではなく、大切にしていこうという中で起こったサイン。
それによって本質へ戻っていけるし、許容していける。

けれど生活の安定のため、けんかもしない、自分に正直でない、
ということがずっと続き、本質から外れていくのであれば
パートナーと別れることも、いいと思う。

生きていること自体、素晴らしいこと。
一人一人が、命の最終到達点。否定する必要は全くない。

自分と相手はつながっていて、
人どうし、最終的には宇宙全体の意思とみんなつながっている。
自分にとって最適の道をみんなが歩いている。
それでいて、心地よい自由なところを私たちはめざしている。
生活は「心地よい感じ」に支えられて動いている。

人に対して言っている言葉も、ほとんどは自分に対して言っている。
自分がしゃべる言葉は、自分の潜在意識に入る。
そのことを自覚し、言葉を選ぶこと。
言葉を選んで話すことで、自分の心が満ちる。
すると、私の心の満足が相手にも伝わる。
自分にも相手にも同時に「幸福の種」を蒔くことになる。

「幸福を感じていること」が幸福の種。
気功は、スタートが幸福感。収めるときも幸福感。
そのかんも幸福なイメージを保つ。
ゆるみが深まり、感じる力が高まり、体が整う。
とくに収めるときの幸福感が大切。
円満という感覚で満たされる。
これが「気功で幸福になる」しくみ。

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以上のようなお話がありました。

ステップアップも、続けてこられる方がほとんど。
楽しみに、3月4月、継続していきたいと思います。

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2007.2.13 エレメンタリー2日目 〜自分に正直〜

きのう「エレメンタリー」の2日目も終わり、春らしいお天気。

あきちゃんが朝から、たくさんリサイクルに段ボールを出してくれたので
印刷室がスッキリ。

窓を開けて、ほうきをかけていると
バイオリンとチェロの音が流れてきます。

近くのアジアン食堂、「南風楽天」でお会いしたご夫婦だ。
おうちで弾いていらっしゃるのに違いない。

あのときもチェロをおもちで、
こどもに少しさわらせてくださったりしました。

念願の赤ちゃんができて、その子も音楽にまつわるお名前だったなぁ。

春のお日さま。
すべるように、流れていく音楽。
おそうじしたての事務所。
縁側は光でいっぱいです。

そろそろ、とうちゃんの3冊目の本も書き上がりそう。

いい日で、よかった。

きのうのエレメンタリーは、にぎやかな笑いで終わりました。
ふりこ、操体とベーシックなところをおさえて
「ゆるむ」「感じる」「自然に動く」の流れの、「感じる」を中心に。

ふりこはとても細かな感覚に誘導されていきました。
40分あまり、みっちり「self」のCDにあわせて。

食べたいものを食べるように、という指示のあと
午後から操体・脱力体操・安静体操から熟睡。
私は、左右の骨盤がきれいにそろっていきました。

波動功が少し入ったあと、笑いへ。
長い誘導で、笑うまでだいぶ抑えている時間があり、死にそうでした。
ブドリさんがとても素直に大笑いされていたなぁ。

(ブドリさん、事務所にろうそくをたくさんありがとう!)

「ゆるむ」=自分に正直であること。

この言葉が印象に残りました。

次回で、まとまってくるように思います。
18日、楽しみです。
不調の方もできるだけいらして、その都度、天野に仰ってくださいね。
それを含めて、解消していくよう進んでいきます。

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2007.2.6 気功の学校・エレメンタリー1回目

2/4、12、18の「気功の小学校・エレメンタリー」。

今年も開講されました。2/4のテーマは、「やりたいことをする・したくないことをしない。」

初めての方が多く、会場も静かな雰囲気でスタート。

こんな感想をいただきましたので、ご紹介しますね。ありがとう!

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いろんなことがうまくいかずに、イライラする状態が長く続いていましたが、
エレメンタリーに参加して、なんだか心が軽くなりました。

宿題では無い、と先生が言っておられましたが、
帰ってからすぐに、つぶやきをやってみました。

”ツイてる”、"嬉しい”、"楽しい”、”ありがたい”、”絶好調”
つぶやいていると、不思議なことにほんわかと気持ちが楽になって来ます。

selfのCDも聞いています。
とてもリラックスできます。
お風呂上りに、CDを聞きながら子供と一緒にふりこをやっています。
とても楽しいです。

子供が4歳で、言うことを聞かないので、
どなってばかりいて疲れ果てていました。
でも、子供はやりたくないことはしないんだ・・・。という事が分かったので、
ずいぶんと余裕を持てるようになったと思います。

これから、もっともっと毎日の生活が幸せに送れるようになる、と思うと素敵です。
どうもありがとうございました。  (by しおちゃん)

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みなさんも、ちょっとした楽しいことを
つぶやいてみてください。
何でも、いいんだそうですよ。

講座の内容は、またUPしたいと思います。

それから、再受講のみなさま。
今回初めての方が多いので、
来てくださると
それだけで場が豊かになり、助かります。
1回の参加でもOKです。5000円でお受けしますので、あと5人ほどOKです。
どうぞお申込ください。


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2006.11.21 きょうのお茶&日曜の講座

きょうは来週発送の通信講座「self」の3巻めを見て
音声のボリュームなどをチェックしました。

チャイとラスクを用意して、今からビデオのチェックです。

Ocha_1

見終わってさっそく、macに向かって
音声の調整に入りました。

 

さて、日曜の「うごいてやすむ」第2回めの講座は、
雨の中ゆったりとお話中心に進みました。

以下、お話&実習のまとめをどうぞ。

まず、冷えて動かしにくい足からゆるめていきます。

立つ時、歩く時のバランスのとり方はみな違い、
野口晴哉さんは「体癖」としてまとめました。
考え方の癖、思考や感じ方、物事の受け取り方も
運動の一部と考えられます。
なので物事の感じ方、受け取り方も100人いたら100通り。
生まれながらにして、みんな違うのです。

足は生殖器と消化器に関係があります。
生殖器はいのちそのものの力。
思春期に発達が大きいので、
その時期に「思いやりの心」を育てていくのが大切。

消化器は「好き嫌い」の感情に関係があります。

3歳半、4歳くらいまでが「独立期」。胃袋が整う時期です。
幼児期に自分の意思で
やりたいことをやることが、自分で判断できる力につながります。
周りの人が「そのまま」を大切に、
したいことを尊重してフォローしていくことが
自立につながっていくのです。

気功は「自立」していくツールです。

幼児期のやり直しは、何度でもでてくるし
また何度でもすることができます。

自分の中の「気持ちがいい」を育てること。
それが自立につながるのです。
子供でない私たちは、日常のあらゆる時に気をつけていくことができます。
「気持ちがいい感じ」が幸福につながり、
自立につながるのです。

幸福を自利と利他に分けると、
自利は消化器に由来し、
利他は生殖器に由来する「ありがたいなぁ〜」という幸福感です。

「幸せだな〜」という感じに、ブレーキをかけているものが2つあります。

1.気持ちがいいほうにばかり行っていてはいけない、
将来のために努力しがんばる、という考え方。
がんばることが楽しい場合はOKですが、そうでない場合は
先に幸福があるとして今をつぶすのは幸福ではありません。
今、この瞬間以外にないのです。

2.はずかしい、という気持ち。
その気持ちは骨盤を一度引き締めて、そしてゆるめようとする作用で
他の生命に対して気を配る自然な感情ですが、
大きすぎるとブレーキになります。

例えば「赤くなったらいけない」と思うとより赤くなってしまうように、
「こうなってはいけない」という心が
いつもそうさせているのです。

その場合は、いったん「赤くなる」と思って赤くすることができると、
ボリュームが調整できるようになります。

他人にも、自分にも「こうなってはいけない」と言うと
そうなってしまうのです。
自分の中で処理していけるように。

それには、「そのまま」を大切にすること。
そして自分以外の人や、何かを純粋に好きだと思える気持ちを育てていくこと。

幸福感は「先取り」をします。そのつもりになることで
幸福になるのです。

「気持ちがいい」「幸福だなぁ」という気持ちにそって動くこと。
それは気功の質を変えます。

純粋にエネルギーが流れていくように、エネルギーのままに動いていくように。
それが「先天の気にそって動く」ことになり、
流れにのっていれば、幸福がいつもついてくるのです。

幸福「感」、それを幸福だと感じる心。認めた通りになります。

認めるのにも、観察する力が必要です。
相手に元気になってもらいたい。ならば、相手の中の元気を見ていく。
「おなかがいたい→正常に反応する力があるんだな」
「せきがでる→体力があるんだな」

よくないと見るのは、例えば
病気を悪いものと見る観念、別の可能性を認めることになります。

ありのままにみとめること。

気功は自分の体との対話。話し合ってすすめていくんです。
意識は体の一部、体そのものが眠っている意識。

無意識を開いた状態で、自分の中の全ての力を発揮する、それが「全生」。
それは全宇宙の力を使うことになります。それが「人天合一」。

がんばらないで、寝る。
がんばらないで、座る。
がんばらないで、立つ。

「きをつけ」は余分な観念です。

まっすぐ立つと、必ず揺れています。
ゆるんでいて自由なのが、まっすぐ。

動きが軽く、動きから解放されたなめらかさが生まれる立ち方で
体の自由を得、
ひたい(恵目)をひらいて、頭の自由を得、
密処をゆるめて、こころの自由を得ます。

***********

ゆったりと繰り返し足をなでたり、腰をなでたり
横になって、きもちいい方向をさがして、伸びをしたり
「恥ずかしい」と「大スター」を足で表現して
「ありのまま」を体で実感したり。

そして最後の禅密功・築基功は、のびのびと心身を解放。
さっぱりと気持ちよく終わった、よい講座でした。

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2006.11.11 「うごいてやすむ」in 高槻西武 

朝から雷。

「うごいてやすむ」が書き上がったときも、
自宅付近だけ雷がすごかったそうだが
今朝は3時頃、光のすごく明るい雷。

講座の前も、少し雨が残っている。
出かけにくいだろうな、みなさん、と思いながら
「たくさんお集りいただいて」とあいさつしているイメージが
ふっと浮かんで、比較的はっきりしているので
これはたくさんいらっしゃるかな、
用意している本は、足りるかしら、と思ったりした。

西武は机、いすのセッティング、掃除に時間がかかるので
早めに出かける。

担当のかたは礼儀正しく、信頼してくださっているのがありがたい。
市民に開放する、ということで
会場は無料で貸してくださっているのだ。

最初の回は西武のかたも数名受講されていて
印象も良かったようで、
料金をとっていて、しかも50人みえる、ということは
あまりないこと、と仰って
好意的に貸してくださる。

去年の今頃も、新しい本の記念で
天野の講座を3ヶ月連続でしたので
見覚えのある方も、ちらほらいらして懐かしい。

30くらいしか椅子を用意していなかったのが、やはり46人と
50人近くなってスタート。

以下、お話からピックアップ。

冬は、寒さで体がひきしまり、頭がさえてくる。
頭の働きがいいと、先の事を思い浮かべ、不安になる。

不安とは、先の事を思い浮かべる力。
不安の大きい人は、イメージ力が強い。
つまり幸福になりやすい。

体は信頼に値するもの。
痛みも、病気も、うけいれることが大事。
それには余裕が必要。
まずゆるめる。痛みと向き合う。
そうすると、おのずと解決策が内から出てくる。

そうした、「体に聞く」ことを
だれもが簡単にできる方法が気功。

幸福感をしみじみと味わうこと。
体をゆるめ、楽な方へ動くこと。

「楽しいほうへ動く」無意識の方向づけができると、
周りの人も知らないうちに手を貸してくれる。

「楽」は、ひとつは笑うこと。
そして、楽な方へ動くこと。
もうひとつは、「こっちへいきたい」と思う心の動きを
止めているものを
繰り返し繰り返し、「動いてもいいんだ」と確かめていくこと。

無意識の方向が定まっていくと、能力が伸びていく。


実習は、ふりこ・あくび・のび、笑い・歩くなど。

深いところが、気づかないうちに変わっている、といった感じの講座。

終わってからのサイン会には、長い列ができていました。

次回は1/14(日)、「うごいてやすむ」第2章、具体的な方法に入ります。2006.11.11

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2006.9.25 美山合宿

禅密・美山合宿が終わりました。

秋分の良き日。今年は15人と、まとまりのあるいい団。
園部駅にお迎えのバス。早々に乗り込んでおられる。

バスの中で新刊・「うごいてやすむ」の紹介があり、
写真のモデルをしてくれたあきちゃんが参加していて
楽しくバスは、「芦生山の家」へ向かう。

山の家は、芦生なめこ生産組合のとなり。
数人でたけのこを切っている。
大きな漬け物樽がある。
「道の駅」に並んでいた素朴なお土産、
ふきのとう、万願寺ちりめん、ふき山椒など
ここで作られているものが多いんだろうな。

山の家は新しく、シンプルな木造り。
荷物を置いて、トロッコ道へ。

トロッコの線路沿いにずーっと歩く。いいところで気功。

Miyama_tou
 川ぞい、木につつまれて
 禅密功のあと、
 同化と、観念をなくしていく訓練。

 自分がなくなり、
 ひろがってまわりにとけ込んでいく。

 帰りは、みんなより深く森とひとつになり
 味わいながら無口に歩く。
 それぞれ、深い体験をされていたと思う。






宿では暖かい地鶏のすきやき。
鶏も卵も新しい。
佃煮、梅干しなどもここで作られたもので
いい味がする。
おいしい、心のこもったものをお腹いっぱいいただく。

隣の木工所は、昔の小学校。
2Fで、「穴追い」。
頭部第2調律点から、自然にできるみぞをたどっていく。
これはこのあいだの「てあて」でもしたけれど、
ほんとうにゆるむ。

私は高橋さんと。
いつも来てくださっているけれど、初めて組む。
少年のように素直で、すーっと足の指まで抜けていった。

高橋さんにしてもらう。あっという間に抜けていって、左側だけ軽くなる。
たまちゃんがあとでしてくれて、右側も軽くなった。
ストンと眠る。

24日。朝は川べりで気功。寒い。
おいしい朝食の後、早くから作って頂いたであろうお弁当を受け取って
バスに乗りこみ、下谷へ。

去年は林道をずーっと歩くのが大変だったが、
今年はバスでポイントでおろしてくださる。
12kmの林道を歩かずにすむのは、とても助かった。

トチノキ平。
ほんとうになんとも言えない、素晴らしい場所。

Miyama_tochinoki_1

また来られたことがたまらなく嬉しい。
コケのはえた木の上に寝転ぶと、浮かび上がっていくようだ。

Miyama1

あたたかい場所。

大カツラの前で禅密功。

天地を貫く感覚が、実際のものとなって
大きく気が動く。
またこの木にあえて嬉しい。

上谷は全部、歩き。
谷を風が吹き抜けていく。鹿がわたっていく。
他の人は誰もいない。
けれど、ガイドの方がいるので、道に迷うことがない。

高低差があり、とてもよい山道。
由良川の源流まで、歩きなれない方も完走。
はっきりは見えなかったけれど、峠で日本海を望み、
無事バスへ。

熟睡しているうちに、また山の家に着。
「もう一泊したいね」などといいながらトイレ休憩。

急にバスが止まる。
何かと思ったら、山の家の今井さんのおにいさんが
「みょうが、いりませんか」と
取りたてのみょうがをみんなにくださった。

かやぶきの里でおろしていただき、少しおみやげを買ったり
美山牛乳を飲んだり。
そういえば、お金っていうものが必要なんだ、なんて思い出したりする。
そばの花が満開。

園部駅着は、予定より30分も早かった。
ガイドさんと、ずっとついてくださった「山の家」の今井さんに感謝。

こんな合宿がしたい、と思っていた通りの、
心のこもった、合宿だった。

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2007.7.31 七夕てあての会

朝から天野が子供と笹を切りに行き、
手頃な大きさを2本、切ってきました。

皆さん、楽しみにしてらしたようで
始まる前から伝わる熱気。
あくび、邪気呼出法、頭部第2をゆるめてから活元運動。
ずっと雨が続いていたので、停滞気味だったのでしょう。
かなり大きな動きが出ました。

ゆっくり休んで、短冊を書きました。
子供たちと紙を切り、こよりをよっていましたが
数がおおいので手伝っていただきました。
毎年、こよりをとても上手による方が必ずいらっしゃいます。
ピンピンの固いこよりを、次々によってくださって、
「昔はこれで紙をとじて、学校の帳面にしたのよ」と
楽しそうに仰っていました。

30数名が3、4枚書いて、100枚以上の短冊が吊るされて
なかなか壮観です。

短冊は過去形で書きます。
天野も私も、「みんなの願いが叶いました」と書きました。
書いて、吊るしたら忘れます。

最後は笑って終わりましたが、短冊も笑いの輪に加わっていました。
皆さんが拍手され、それぞれの願いも昇華されていきました。

笹は、事務所のお庭で燃やして、天に帰そうかと思っています。

みなさんありがとうございました。

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2006.7.30 介護予防と気功

高槻西武で、30数名の参加。

華学和博さんは、天野が学生のとき、初めて気功を習いに
京都の朝日カルチャーに行った時、
教えてくれた先生です。(!)
きのうもその時と同じ「練功十八法」を
中国のテープをかけて、やってくださいました。
天野が曲がかかったとたん、「懐かしい〜!」と叫びました。(笑)

前半1時間は、華学さん作成の
しっかりしたデータに基づく資料をもとに、介護予防について
また気功とのつながりについて、説明を受けました。
そのお話からヒントを得て、天野が10分ほどからだほぐし。
ふだんの気功の動きでも、ちょっとした選択とアレンジで
年配の方向きになることに感心。
うつ傾向も出てくるので、最後は笑ってさっぱりと。

後半はスクワットの実習と、練功十八法。
華学さんが別ルートで勉強されている「気診」で診断されたので
みなさん興味しんしんで、終わってからも質問が切れませんでした。

勉強熱心な華学先生。宇治市では、このプログラムを
6つの校区で実際に行っていくことが決まったとか。
これからの動きが楽しみです。

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2006.7.14 妊婦さんに気功を教える

「教室に妊婦さんが来られているんだけど、気をつけることはありますか」。
ちえみさんのリクエストで、事務所でグループレッスンが開かれました。
とてもいい講座でしたので、まとめてみたいと思います。

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妊婦さんに気功を指導する要点

@2006.7.12 気功協会事務所 講師・天野泰司

妊婦さんの感受性は普段よりずっとあがっているので、
講師側も感受性を高める必要がある。

主体は赤ちゃんにある。
赤ちゃんを輝かせるために、母体の心身を整える。それはそのまま赤ちゃんに伝わる。

妊娠と同時に野生の勘が高まる。妊婦さん自身がしたいことをすれば、
他に何もする必要はないが、
その勘をストップさせているものが何かをみて、そこをほぐしていく。

妊婦さんの状態はつかみやすいので、うまくつかんで
生き物としての勘を働かせるように誘導していく。

妊婦さんや、生理中の女性は型にこだわらないで指導する事が大切。
動きたい方へ余分に動くように。
逆にすると狂いやすい。

型のために型があるのではなく、
型は、常に型を超えていくためにある。
そのことを知った上で型を習うと型が役に立つ。
整った立・座・眠に導く事も必要。動作の仕方の指導も必要。

不安について。
本人は、不安を乗り越えていく力がある。
周りの不安がひっぱってしまう。
生まれる事は本能的、自然で楽なこと。
伝える側が心底そう思い、根性がないとそれは伝わらない。
不安の経験は、いいお産を見聞きし、それが重なっていくことでも解消していく。

悪いイメージは先走りしやすい。
特別な事がニュースになり、悪循環がおこる。

不安には、明るい光を増やすこと。
それには、笑うこと。

不安が体のつかえとしてどこかにあるので、まず体をうごかすことが大事。

アイヌの産婆、青木愛子さんはさまざまのことが「見える」人だった。
多くの赤ちゃんをとりあげ、失敗はなかった。
(吉田・手をみて「今度女の子抱いてこい」って言われた。
全然妊娠していることに気づかなかった。)
その青木愛子さんが「赤ちゃんは喜びながら生まれてくる」と言っている。

出産は本来、喜びの形。

実習〜妊婦さんが自分ですること

体の状態としては、まず腰のねじれをとること。
腰椎3番がねじれていると出産がスムーズでないので、
まず自分でねじってもらう。
正座またはあぐらで、少し腰が上にのびる感じで、好きな方から左右ゆっくりねじる。
楽なほうをみつけて、少しだけ多めにねじり、ふわーっとゆるめる。
しばらく休む。
これだけでねじれがとれる事が多い。

あぐらで座り、左右にゆっくりゆれる。
感情がほぐれていく。微笑んで。

お散歩もよい。重いものを持たないように。

活元運動ができるとよい。改めて習う必要はないが、出産直前までしてよい。
出産自体が活元運動。

てあてを順番に。生殖器系統から。
耳の後ろ、耳下腺に手をあてる。
耳の前に小指、後の指は耳下腺を包むように。

手をクロスして、脇の下にてあて。
親指が胸の上あたり、後の指をわきではさむように。
暖かくて気持ちいい。
手が挙がりにくいのも、楽になる。

両方のわき腹に手をあてる。
おなか側に親指、腰側に後の指。
ねじれがとれる。

内股。内くるぶし。

神経系統。
目。手のひらをくぼませて、中央を目にふわっとあてる。

乳房。包むように。

胸をなでおろす。
ゆっくり、息をはきながら。

みぞおちにてあて。

おなかにてあて。
いのちにふれていること、一緒に育っていることを実感してもらう。
赤ちゃんが大きくなってきていたら、後頭部に。

実習〜妊婦さんにしてあげること

座ってもらって、横から後頭部のいちばん出っ張っているところにてあて。
反対の手はおでこに。軽く軽く、支えているだけ。

目のちょうど裏側あたりのくぼみ、妊娠活点。
両方の親指を横に使って、他の指は顔側に。

肩甲骨活点。つばさのつけねあたりのくぼみ。
親指でじーっとてあて、後の指は肩甲骨にふわっとあてる。

耳下腺、腎臓、脇腹、腰椎3番、仙椎2番。

実習〜赤ちゃんにしてあげること

後頭部、おなかのてあて。おへそのまわりに。

赤ちゃんにお話をきちんとしていくこと。
一人ではない事を意識して動くこと。
「育てつつあることの自覚をもつ」こと。

たとえば気功をするなら、「いっしょに気功をしようね」と。
話しかけている子は、生まれてからも話が通る。
「これはだめなんだよ、ごめんね」と言えばわかる。

てあてをしたこどもは、あらためて大きな調整をする必要がほとんどない。
自分で整ってしまう。

********************************

おなかに赤ちゃんがいる気で話す天野の誘導に、
全員おなかに赤ちゃんがいる気になって
ゆったり、輝いた時間を持った
とてもいいレッスンでした。

ありがとうございました。

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